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短文小説ブログです
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[ 街角ゴーストハイツ ]
どうしてこんな事をしているのか、ですか?
子供っぽくてお恥ずかしいんですが、僕は怖い話が好きなんですよ。もう滅法目がなくて。怪談収集のために不動産業界にいるようなもんでして。
多いんですよ、この業界。「幽霊が出るから部屋を変えてくれ」なんてザラですよ、ザラ。
おとといもありましたよ。事務所にいたら赤い目の男が駆け込んできて、部屋を解約したい、と。
毎晩女が出るそうなんですよ、夢に。
下半身を血に染めた女が、長い髪の間からこっちを見ているのだ、と。
目が覚めると金縛りにあっていて、子供の声がする。
「うんで、うんで、うんで、うんで、うんで、うんで、うんで、うんで、うんで、うんで、うんで、うんで、うんで、うんで、うんで、うんで、うんで、うんで、うんで、うんで」
「産んで」だったみたいです。
その人、腹が妊婦みたいに膨れてきちゃったんですよ。ぶっくり。男なのに。病院に行ったら腹水がたまってるらしくて、手術だって言ってましたけど。
部屋は解約してあげましたよ。でも、もう手遅れじゃないかな。
男の人の腹、見せてもらったんですけどね。子供の手形が浮き出てるんですよ。
小さな紅葉みたいな可愛いてのひらがね、こう、腹を押し破るようにふたつ。
いや、こんなものは序の口ですよ。
あなた、一番「怖い」部屋ってどんなところだと思います?
僕の経験上、自殺や殺人のあった部屋はさほど怖くないんですよ。今日本じゃ、四分に一人自殺者が出てるって、知ってます? 病死や事故死を含めたら、一日に死ぬ人数なんて数え切れない。
化けて出る霊なんてほとんどいないと思いますよ。未練があるとかでグダグダしてるのは、お払いしてやれば大体もう出てこない。
問題があるのは、曰くがないのに「出る」部屋。
犯罪や死が自動的に引き寄せられる「場所」。
そういうのが一番怖い。
その部屋に住人がいるうちは、別に平気なんですよ。何の問題もない2LDKなんです。
ところが空き部屋になると死体が出るんですよ。
ええ、霊ではありません。死体です。
空気の入れ替えや、お客さんを案内するために行くんですけどね。毎回、転がってるんですよ。
鼠。猫。鳩。犬。鴉。一番北側の窓のところに、内臓を引き出されてズタズタのまま放置されている。
鍵のかかった密室の中、蒸された血臭と腐敗臭が一気にむわっとくるんです。あれは最悪ですねぇ。
一度、人間の男の死体の事がありましてね。
さすがに事件でしょう。警察が来ました。他殺でした。私も見ましたよ、死体。さすがに気持ちが悪いもんですねぇ。死んだ人には失礼ですが、吐きましたよ。
犯人ですか?
つかまりましたよ。大家の甥でした。合鍵を作って、部屋で悪さをしていたようで。今までの動物の死体も、全部自分の仕業だと自供しました。
ええ、今もまだ刑務所に入っていますよ。
でも止まらないんですよ、死体。
防犯カメラも設置したら、今度は管理会社の人間が夜中に忍び込んで死んだ魚を丁寧に並べていたところが映ってました。クビになった翌日、投身自殺したそうです。
次は警備会社の男が窓を割って侵入して、猫を殺している最中につかまりました。彼は正気を失って入院しました。
それからは開かずの間にしてたんですよ。この部屋。
でもね、僕は怪談には目がなくて。部屋の中が気になって気になってしょうがなかった。
面白半分に鍵をくすねて、部屋に入って……呼ばれていたんでしょうね、今思うと。
済みませんね、巻き込んでしまって。
まあゆっくりしていってください。痛いのも怖いのも一瞬だけです。
大丈夫ですよ、寂しければまた連れて来てあげますから。
*
「なあ、みんな?」
男の問いに、弾けるような笑い声が起こった。
女の、男の、子供の、ばくりと後頭部まで開いた口が、ひきつるような単音を狂ったように吐き続ける。
男が鞄から紐を取り出し、俺の首にゆっくりとかける。やめろ、やめてくれ、やめてくださいお願いします。
「そんな顔をしないでくださいよ」
男はにたり、と唇の端だけで笑う。
「今後とも、どうぞ宜しくお願いします」
[ 創作短文 / 2006.10.17 / Co0 ]
子供っぽくてお恥ずかしいんですが、僕は怖い話が好きなんですよ。もう滅法目がなくて。怪談収集のために不動産業界にいるようなもんでして。
多いんですよ、この業界。「幽霊が出るから部屋を変えてくれ」なんてザラですよ、ザラ。
おとといもありましたよ。事務所にいたら赤い目の男が駆け込んできて、部屋を解約したい、と。
毎晩女が出るそうなんですよ、夢に。
下半身を血に染めた女が、長い髪の間からこっちを見ているのだ、と。
目が覚めると金縛りにあっていて、子供の声がする。
「うんで、うんで、うんで、うんで、うんで、うんで、うんで、うんで、うんで、うんで、うんで、うんで、うんで、うんで、うんで、うんで、うんで、うんで、うんで、うんで」
「産んで」だったみたいです。
その人、腹が妊婦みたいに膨れてきちゃったんですよ。ぶっくり。男なのに。病院に行ったら腹水がたまってるらしくて、手術だって言ってましたけど。
部屋は解約してあげましたよ。でも、もう手遅れじゃないかな。
男の人の腹、見せてもらったんですけどね。子供の手形が浮き出てるんですよ。
小さな紅葉みたいな可愛いてのひらがね、こう、腹を押し破るようにふたつ。
いや、こんなものは序の口ですよ。
あなた、一番「怖い」部屋ってどんなところだと思います?
僕の経験上、自殺や殺人のあった部屋はさほど怖くないんですよ。今日本じゃ、四分に一人自殺者が出てるって、知ってます? 病死や事故死を含めたら、一日に死ぬ人数なんて数え切れない。
化けて出る霊なんてほとんどいないと思いますよ。未練があるとかでグダグダしてるのは、お払いしてやれば大体もう出てこない。
問題があるのは、曰くがないのに「出る」部屋。
犯罪や死が自動的に引き寄せられる「場所」。
そういうのが一番怖い。
その部屋に住人がいるうちは、別に平気なんですよ。何の問題もない2LDKなんです。
ところが空き部屋になると死体が出るんですよ。
ええ、霊ではありません。死体です。
空気の入れ替えや、お客さんを案内するために行くんですけどね。毎回、転がってるんですよ。
鼠。猫。鳩。犬。鴉。一番北側の窓のところに、内臓を引き出されてズタズタのまま放置されている。
鍵のかかった密室の中、蒸された血臭と腐敗臭が一気にむわっとくるんです。あれは最悪ですねぇ。
一度、人間の男の死体の事がありましてね。
さすがに事件でしょう。警察が来ました。他殺でした。私も見ましたよ、死体。さすがに気持ちが悪いもんですねぇ。死んだ人には失礼ですが、吐きましたよ。
犯人ですか?
つかまりましたよ。大家の甥でした。合鍵を作って、部屋で悪さをしていたようで。今までの動物の死体も、全部自分の仕業だと自供しました。
ええ、今もまだ刑務所に入っていますよ。
でも止まらないんですよ、死体。
防犯カメラも設置したら、今度は管理会社の人間が夜中に忍び込んで死んだ魚を丁寧に並べていたところが映ってました。クビになった翌日、投身自殺したそうです。
次は警備会社の男が窓を割って侵入して、猫を殺している最中につかまりました。彼は正気を失って入院しました。
それからは開かずの間にしてたんですよ。この部屋。
でもね、僕は怪談には目がなくて。部屋の中が気になって気になってしょうがなかった。
面白半分に鍵をくすねて、部屋に入って……呼ばれていたんでしょうね、今思うと。
済みませんね、巻き込んでしまって。
まあゆっくりしていってください。痛いのも怖いのも一瞬だけです。
大丈夫ですよ、寂しければまた連れて来てあげますから。
「なあ、みんな?」
男の問いに、弾けるような笑い声が起こった。
女の、男の、子供の、ばくりと後頭部まで開いた口が、ひきつるような単音を狂ったように吐き続ける。
男が鞄から紐を取り出し、俺の首にゆっくりとかける。やめろ、やめてくれ、やめてくださいお願いします。
「そんな顔をしないでくださいよ」
男はにたり、と唇の端だけで笑う。
「今後とも、どうぞ宜しくお願いします」
[ おやつの時間 ]
▼前回▼
腹が空きました。「ほら、飯だぞ」
空腹なのです。
この男は私を「ガキ」と呼びます。子供のことではありません。餓えた鬼と書く、化け物の名前です。餓鬼。
皮のはりついた棒のような、奇妙に長い腕。あちこちにシミの浮いた肌。背は低く、ぶくりと膨れた腹に沿ってひどく曲がっています。
そして、名前の通りいつも餓えています。
男は私に食事を与えます。
肉。
白米。
トマト。
きゅうり。
弁当の容器。
ペットボトル。
道端で死んだ猫。
ティッシュの空箱。
邪魔になった古新聞。
空になったスプレー缶。
発泡スチロールのトレイ。
破壊したテープレコーダー。
自動販売機の現金以外の部分。
残りの少し入ったビールの空缶。
読み古してぼろぼろになった雑誌。
マヨネーズにまみれたブロッコリー。
家の前に駐車された邪魔極まりない車。
世話を怠り枯らしたフリージアの鉢植え。
自転車に巻き込みやむをえず紐を切った鞄。
醤油をこぼして目茶苦茶に汚れたカーペット。
手に入らない女の人間。気に入らない男の人間。
私は食べます。好き嫌いなく、どんなものでも。
男の与える物は私の飢えを満たします。他の人間ではいけません。
男は食事中の私を見ます。目を細めて私を見ます。その視線が私を満たします。
「うまいか」
男が言います。
私は男に触りたくなります。
手を伸ばすと、男は怯えたようにあとずさります。
「やめろよ」
嫌ですか、私の腕が触れるのは?
空腹に似た気持ちが、腹とは別の場所からこみ上げてきます。
胸のあたりがぶくりと醜く膨れます。
食いたい。
[ 神様への手紙/人魚姫のナイフ ]
「好きな人」のはじめては、おなじクラスのタカサキ君。サッカー部のエースで、あこがれてる女の子はたくさんいた。
小学二年生、春のころ。
わたしは人を好きになったことがはずかしくて、だれにも言えなかった。遠くからタカサキくんを見ては、モソモソと妄想にふける、不健全な小学生時代。
「スキな人、いるでしょ?」
だから、おさななじみの朝姉ちゃんに言われたときには死ぬほどおどろいた。
朝姉ちゃんは近所にすんでるひとつ年上の女の子。きびしい取り調べに、わたしはすべてを自白した。
聞きおわると、朝姉ちゃんは重々しくたずねた。
「告白しないの?」
「むり、できない。うまくいくわけないし、怖い……」
「どうして?」
「だって、タカサキくんと、ほとんどしゃべったことないし。きっと、わたしのなまえも知らないんだよ」
「だから告白するんじゃない!」
朝姉ちゃんは怒ったように言った。
「うまくいかなくてもいいじゃん。スキなのに、そのタカなんとかくんがあんたの気持ちを全然知らないなんてくやしくないの? せめて名前くらいおぼえてもらうべきじゃない?」
「で、でも告白なんて、どうやったらいいかわかんないし」
「よび出して、スキだって言えばいいじゃん」
「ぜったいむりだよ!」
「手紙でもいいじゃん。やるまえからムリっていうの、よくないよ!」
むちゃくちゃいわれて、わたしはキレた。
「わたしは見てるだけでいいの! 朝姉ちゃんは好きな人、いないんでしょ? そんな人にわたしの気持ち、わかんないよ!」
「いるもん!」
むねをはって、朝姉ちゃんは堂々と逆ギレた。
「私にだって、好きな人くらいいる! だから、私も手紙書く。あんたも書きなさい。いいわね!」
押し切られるように書いたラブレターは、タカサキくんの机のなかにいれた。少女マンガの主人公になったみたいで、どきどきした。
結果は「ごめん。オレ、好きなコがいるんだ」で玉砕。
落ち込んだけどスッキリしたのも確かで、朝姉ちゃんとはすぐに仲直りをした。
「朝姉ちゃんはどうだった? だれに告白したの?」
「ないしょ」
答えた横顔がさみしそうだったから、朝姉ちゃんもうまくいかなかったんだろうなって思った。
*
「つきあった人」のはじめては、一年上のセンパイ。好きになったポイントは、メガネと長い指。読書家で、頭がいいところもかっこよかった。
高校二年の時、告白してOKをもらった。初めてのキス、初めてのエッチ。浮かれたわたしはちくいち全部、朝姉ちゃんに報告してた。
「へいへい、お熱いことで」
あきれながらも、朝姉ちゃんはわたしののろけ話をいつも聞いてくれた。
「ひとり身にはこたえる話よねぇ」
「朝姉ちゃんもカレシつくればいいのに」
「私はあんたみたいにモテないからさ」
「うそ!」
朝姉ちゃんはわたしなんかよりずっときれいだ。すらっとした美人で、面倒見もよくて、明るくて頭もいい。
「わたしが男なら、ぜったいぜったい朝姉ちゃんみたいな人彼女にするのに!」
「そう、ありがと」
朝姉ちゃんは、自分の話にはそっけない。
「ねえ朝姉ちゃん、好きな人いないの?」
「モーガン・フリーマン」
「おじさん趣味?」
「ちがいます、性格! おちついた大人の人がいいの」
「ふーん、モーガン・フリーマンみたいな人なのか。年上? 写真ある? わたしにだけ、こっそり教えて?」
「ダメ」
「えー」
「私のことより、自分の恋愛の心配してなさい。あんた、意外に飽きっぽいんだから」
センパイは受験が忙しく、だんだん連絡が減っていった。わたしもジャマかなと思うとメールもできなかった。
そのままなんとなく、自然消滅。
*
「失恋した人」のはじめては、同じサークルの日高さん。
おいかけておいかけて、部屋にあがりこんで、やっとのことで手にいれた。そう思ってた。
有頂天だった。毎日食事をつくりにいって、彼のご機嫌をうかがって、尽くして尽くして尽くしまくった。甘い言葉はひとつもなかった。気まぐれに与えられるカラダだけの関係に酔った。
ある日ふいに「うぜぇから来んな」って言われて、おしまい。
二股かけられてたって、あとから同じサークルの友達に聞いた。遅いよ。
「ばっかだねぇ」
めちゃめちゃに泣いてたら、家に朝姉ちゃんが来た。
「ナンパな奴だって、最初からわかってたんでしょ? のめりこんじゃって、ばかばかしい」
「お説教しに来たなら帰ってよぅ……」
「いやです、帰りません」
部屋の真ん中に、抱えて来た買い物袋をどっかり置く。白いビニールの口からのぞく、焼酎、日本酒、ビールに缶チューハイ……
「飲みなよ。そんで忘れちゃえ」
ごろごろ出てくるお酒、お酒、お酒。
知的美人の朝姉ちゃんが、こんなに大量のアルコールを抱えてきたのかと思うとおかしくなった。
笑ったはずなのに、涙が落ちた。止まんない。
朝姉ちゃんがビールをあけて渡してくれた。乾いた喉に炭酸が痛い。でもそれがきもちよくて、一気に飲みほした。
三本あけるころには、もうへべれけ。アルコールが足の先までまわって、ソファにぐったり横になった。
「少しは楽になった?」
次のビールを差し出しながら、朝姉ちゃんが言う。
「うん。でももう二度と恋愛はできない気がするよ」
「何言ってんの、まだまだこれからでしょ? 私なんかずっと片思いだよ」
「例のモーガン・フリーマンみたいな人?」
「そう、モーガン・フリーマンみたいな人」
「その人、朝姉ちゃんのこと知ってるの?」
「気持ちには気づいてないね。親友のポジション。恋愛相談されたりするんだ」
「ひどーい! にぶいにもほどがあるよ!」
わたしが怒ると、朝姉ちゃんはだまって笑った。
「そんな男忘れて、別なひととつきあっちゃえばいいのに」
「そう思った時もあったけど、やっぱり好きなんだよね」
とろとろと酔った朝姉ちゃんは、目もとがほんのり紅色にそまって、とても色っぽかった。こんなにキレイな人に気がつかないなんて、その男は馬鹿だ。わたしは一気にモーガン・フリーマンがきらいになった。
「見る目ない人なんかほっぽっちゃったほうがいいよ。かなえる気もない片思いは時間のむだだとおもう」
朝姉ちゃんは、カップ酒をあおりながら、自嘲。
「いいんだよ、ムダでもつらくても、私は。そばにいられれば、それで満足」
「そんな」
「あんただってそうでしょ。女って、基本的に人魚姫の傾向があるのよ。突っ走り型の自虐系恋愛」
わたしは言葉につまった。
王子に会うためだけに声を失い、歩くたびに激痛のはしる足を手にいれた人魚姫。わたしも日高さんに夢中になってた瞬間は、たしかに損得なんか考えてなかった。
朝姉ちゃんは苦笑した。
「ま、私は関係を壊したくないから言えないだけだけどさ」
「人魚姫だってそうじゃないの? 大好きな王子様に妹扱いされて、好きだって言えないうちに、別の女にのりかえられて」
「言えないんでしょ、声がないんだから」
「しゃべらなくったって気持ちはつたえられるはずだよ」
「あんたは甘い。言葉にしないと、絶対つたわらない」
朝姉ちゃんがスルメをくわえたまま噛みしめるように言う。どれだけ鈍いんだろう、モーガン・フリーマン。
「よっぽど好きなんだね、その人のこと」
「時々殺したくなるほど好き」
わたしは、どうだろう。日高くんのこと、そこまで好きだったろうか。
お酒のせいか、自分の気持ちがわからない。あいまいな気分のまま、わたしは新しいビールを開ける。
ソファの上でねがえりをうった朝姉ちゃんが、わたしの顔をのぞきこんだ。
「あんたが人魚姫で、王子を殺せってナイフ渡されたらどうする? 殺す?」
わたしはしばらく考えて、首を横にふった。
「わたしは、やっぱり泡になるとおもう」
「王子が別の女と結婚しても?」
「大好きな人を殺して、ひとりで生きててもしょうがないもの」
「生きられると思う?」
「え?」
朝ちゃんは、イタズラっぽくわらった。
「人魚姫が王子様を殺しても、海の世界を裏切った罪は消えないでしょう。だから、オマエが死ぬ前に王子を殺せ、オトシマエをつけろ、と。お姉さん人魚はそういう理由でナイフを渡したわけなのですよ」
「人魚って、ヤクザな世界なんだねぇ」
「そうだよ、命とったるぞー!」
朝ちゃんがあたしの首に腕をからめてくる。あたしはグエ、と女の子らしからぬ悲鳴をあげてギブアップ。
「ちょっと、あんたたち夜遅くまで何やってるの」
おかあさんがドアをあけて、呆れたように言った。
「全く、いつまでも子供なんだから」
次の日は、頭がガンガンして何も考えられなかった。
日高さんからは、しばらくたって一度だけ電話がきた。わたしがとる前に切れた。
それっきり、どうなったのか知らない。
*
二十八の時。
「もう二度と恋愛できないって言ってたのに」
ふたりきりの控え室で、朝姉ちゃんがぼやく。
「ごめん」
「ふられたとき、さんざんなぐさめてあげたのに」
「へへ、ごめん」
うれしさがとまらない。鏡の前で、くるりと一回転。真っ白なふわふわのウェディングドレスがゆれる。
あと一時間で、わたしの結婚式がはじまる。
にやにやしたわたしに、あきれたように朝姉ちゃんが言った。
「初恋の相手と結婚なんて、ほんとに少女マンガみたい」
わたしの「結婚する人」は、小学校ではじめて好きになったタカサキくん。
同窓会で再会した彼は、小学校の面影もないくらいぽちゃりと太ってた。がっかりしてた女友達もいたけど、わたしは話やすくて、すごく安心した。
メアドを交換して、二人で会うようになって、三年目で結婚が決まった。
彼からのプロポーズは、手紙だった。
「小学生のときラブレターがすごくうれしかったって、タカサキくんに何回も言われた。ぜんぶ、朝姉ちゃんのおかげだよ」
朝姉ちゃんは淡いブルーのワンピース。長い黒髪がよく映える。ウェディングドレスのわたしより、ずっときれいだった。モトが違うから、しょうがないか。
「ほんとにありがとね。ブーケも朝姉ちゃんに投げるから、ちゃんと取ってよ」
「そんなことしなくていいから」
「朝姉ちゃんもがんばって。ちゃんと告白しなよ、モーガン・フリーマンに」
「無理だって」
「だって、朝姉ちゃんには幸せになってほしいんだもん!」
そう言うと、朝姉ちゃんは困った顔をした。
「私、あんたに嘘ついてた」
「え?」
「二十年前のラブレター、一緒に書いたやつ。あれ、私は渡せなかった。ごめん」
突然の言葉に、わたしは戸惑う。
「べつに、あやまるようなことじゃないよ。それに、あの時のことがあったから、今結婚するのかもしれないし。感謝してるよ」
「モーガン・フリーマンの話も嘘だよ。そんな人、好きじゃない」
わたしはぽかん、と口をあけた。
「そうなの? べつに、嘘なんかつかなくってもいいのに。なんであやまるの?」
朝姉ちゃんは静かに言葉を重ねる。
「だけどね、好きな人はいる。片思いなんだ。それだけは本当」
朝姉ちゃんがわたしのおとがいに指をかけた。
間近にある朝姉ちゃんの顔。真珠色の肌、切れ長の目。おそろしいほどきれいだった。
息を呑んだわたしの口に、朝姉ちゃんのそれが重なった。焼き切れそうなほど熱く、わたしは思わず目をとじる。
ほんのわずか、触れるだけのキス。
グロスを塗ったと唇と唇がはりつき、離れる瞬間を遅らせる。刹那でも永く、別れを惜しむかのように。
あごから指が離れると同時に、私はすとんと床に座り込んだ。何が起きたのか、理解できなかった。
真っ白になった頭のなかに、唇の濡れた感触とその意味だけが残っていた。
苦笑といっしょに、朝姉ちゃんはわたしの手に四角いものを落とす。
「ごめん。読んだら捨てていいよ。読まないで捨ててもいい」
手紙だった。
ピンクのチェックの柄、封筒の裏をとめた花のシール。
おぼえてる。わすれられない。はじめて書いたラブレターのレターセット。朝姉ちゃんとはんぶんこした、大切な思い出の。
封筒の端はこすれて白く、角が丸い。
わたしは言葉を失う。封筒から目がはなせない。
宛て先に書かれているのはわたしの名前だった。朝姉ちゃんの幼い丸い字。強い筆跡に、決意の重さが見えた。
ぼんやりしたわたしの耳に、遠ざかっていくヒールの足音がした。ドアが開いて、閉まる音。
「ばいばい」
朝姉ちゃんがいってしまう。
止めなければ、と思った。
ドアにとびついて開けて、朝姉ちゃんを呼び止めて、そして。
そして、なんて言えばいい?
気づかなくてごめんなさい?
傷つけてごめんなさい?
気持ちに応えられなくてごめんなさい?
この手紙の、二十年ぶんの想いを押さえつけて、まだ友達でいてね、って?
喪失感がナイフよりも強く胸を刺した。
おさななじみ。友達。親友。憧れの人。言葉にならないほど大切な人。なのにわたしは彼女を選ぶことができない。
ごめんなさい。わたしもあなたがほんとうに大好きでした。
だからさよなら。わたしの人魚姫。
[ 創作短文 / 2006.09.14 / Co2 ]
小学二年生、春のころ。
わたしは人を好きになったことがはずかしくて、だれにも言えなかった。遠くからタカサキくんを見ては、モソモソと妄想にふける、不健全な小学生時代。
「スキな人、いるでしょ?」
だから、おさななじみの朝姉ちゃんに言われたときには死ぬほどおどろいた。
朝姉ちゃんは近所にすんでるひとつ年上の女の子。きびしい取り調べに、わたしはすべてを自白した。
聞きおわると、朝姉ちゃんは重々しくたずねた。
「告白しないの?」
「むり、できない。うまくいくわけないし、怖い……」
「どうして?」
「だって、タカサキくんと、ほとんどしゃべったことないし。きっと、わたしのなまえも知らないんだよ」
「だから告白するんじゃない!」
朝姉ちゃんは怒ったように言った。
「うまくいかなくてもいいじゃん。スキなのに、そのタカなんとかくんがあんたの気持ちを全然知らないなんてくやしくないの? せめて名前くらいおぼえてもらうべきじゃない?」
「で、でも告白なんて、どうやったらいいかわかんないし」
「よび出して、スキだって言えばいいじゃん」
「ぜったいむりだよ!」
「手紙でもいいじゃん。やるまえからムリっていうの、よくないよ!」
むちゃくちゃいわれて、わたしはキレた。
「わたしは見てるだけでいいの! 朝姉ちゃんは好きな人、いないんでしょ? そんな人にわたしの気持ち、わかんないよ!」
「いるもん!」
むねをはって、朝姉ちゃんは堂々と逆ギレた。
「私にだって、好きな人くらいいる! だから、私も手紙書く。あんたも書きなさい。いいわね!」
押し切られるように書いたラブレターは、タカサキくんの机のなかにいれた。少女マンガの主人公になったみたいで、どきどきした。
結果は「ごめん。オレ、好きなコがいるんだ」で玉砕。
落ち込んだけどスッキリしたのも確かで、朝姉ちゃんとはすぐに仲直りをした。
「朝姉ちゃんはどうだった? だれに告白したの?」
「ないしょ」
答えた横顔がさみしそうだったから、朝姉ちゃんもうまくいかなかったんだろうなって思った。
「つきあった人」のはじめては、一年上のセンパイ。好きになったポイントは、メガネと長い指。読書家で、頭がいいところもかっこよかった。
高校二年の時、告白してOKをもらった。初めてのキス、初めてのエッチ。浮かれたわたしはちくいち全部、朝姉ちゃんに報告してた。
「へいへい、お熱いことで」
あきれながらも、朝姉ちゃんはわたしののろけ話をいつも聞いてくれた。
「ひとり身にはこたえる話よねぇ」
「朝姉ちゃんもカレシつくればいいのに」
「私はあんたみたいにモテないからさ」
「うそ!」
朝姉ちゃんはわたしなんかよりずっときれいだ。すらっとした美人で、面倒見もよくて、明るくて頭もいい。
「わたしが男なら、ぜったいぜったい朝姉ちゃんみたいな人彼女にするのに!」
「そう、ありがと」
朝姉ちゃんは、自分の話にはそっけない。
「ねえ朝姉ちゃん、好きな人いないの?」
「モーガン・フリーマン」
「おじさん趣味?」
「ちがいます、性格! おちついた大人の人がいいの」
「ふーん、モーガン・フリーマンみたいな人なのか。年上? 写真ある? わたしにだけ、こっそり教えて?」
「ダメ」
「えー」
「私のことより、自分の恋愛の心配してなさい。あんた、意外に飽きっぽいんだから」
センパイは受験が忙しく、だんだん連絡が減っていった。わたしもジャマかなと思うとメールもできなかった。
そのままなんとなく、自然消滅。
「失恋した人」のはじめては、同じサークルの日高さん。
おいかけておいかけて、部屋にあがりこんで、やっとのことで手にいれた。そう思ってた。
有頂天だった。毎日食事をつくりにいって、彼のご機嫌をうかがって、尽くして尽くして尽くしまくった。甘い言葉はひとつもなかった。気まぐれに与えられるカラダだけの関係に酔った。
ある日ふいに「うぜぇから来んな」って言われて、おしまい。
二股かけられてたって、あとから同じサークルの友達に聞いた。遅いよ。
「ばっかだねぇ」
めちゃめちゃに泣いてたら、家に朝姉ちゃんが来た。
「ナンパな奴だって、最初からわかってたんでしょ? のめりこんじゃって、ばかばかしい」
「お説教しに来たなら帰ってよぅ……」
「いやです、帰りません」
部屋の真ん中に、抱えて来た買い物袋をどっかり置く。白いビニールの口からのぞく、焼酎、日本酒、ビールに缶チューハイ……
「飲みなよ。そんで忘れちゃえ」
ごろごろ出てくるお酒、お酒、お酒。
知的美人の朝姉ちゃんが、こんなに大量のアルコールを抱えてきたのかと思うとおかしくなった。
笑ったはずなのに、涙が落ちた。止まんない。
朝姉ちゃんがビールをあけて渡してくれた。乾いた喉に炭酸が痛い。でもそれがきもちよくて、一気に飲みほした。
三本あけるころには、もうへべれけ。アルコールが足の先までまわって、ソファにぐったり横になった。
「少しは楽になった?」
次のビールを差し出しながら、朝姉ちゃんが言う。
「うん。でももう二度と恋愛はできない気がするよ」
「何言ってんの、まだまだこれからでしょ? 私なんかずっと片思いだよ」
「例のモーガン・フリーマンみたいな人?」
「そう、モーガン・フリーマンみたいな人」
「その人、朝姉ちゃんのこと知ってるの?」
「気持ちには気づいてないね。親友のポジション。恋愛相談されたりするんだ」
「ひどーい! にぶいにもほどがあるよ!」
わたしが怒ると、朝姉ちゃんはだまって笑った。
「そんな男忘れて、別なひととつきあっちゃえばいいのに」
「そう思った時もあったけど、やっぱり好きなんだよね」
とろとろと酔った朝姉ちゃんは、目もとがほんのり紅色にそまって、とても色っぽかった。こんなにキレイな人に気がつかないなんて、その男は馬鹿だ。わたしは一気にモーガン・フリーマンがきらいになった。
「見る目ない人なんかほっぽっちゃったほうがいいよ。かなえる気もない片思いは時間のむだだとおもう」
朝姉ちゃんは、カップ酒をあおりながら、自嘲。
「いいんだよ、ムダでもつらくても、私は。そばにいられれば、それで満足」
「そんな」
「あんただってそうでしょ。女って、基本的に人魚姫の傾向があるのよ。突っ走り型の自虐系恋愛」
わたしは言葉につまった。
王子に会うためだけに声を失い、歩くたびに激痛のはしる足を手にいれた人魚姫。わたしも日高さんに夢中になってた瞬間は、たしかに損得なんか考えてなかった。
朝姉ちゃんは苦笑した。
「ま、私は関係を壊したくないから言えないだけだけどさ」
「人魚姫だってそうじゃないの? 大好きな王子様に妹扱いされて、好きだって言えないうちに、別の女にのりかえられて」
「言えないんでしょ、声がないんだから」
「しゃべらなくったって気持ちはつたえられるはずだよ」
「あんたは甘い。言葉にしないと、絶対つたわらない」
朝姉ちゃんがスルメをくわえたまま噛みしめるように言う。どれだけ鈍いんだろう、モーガン・フリーマン。
「よっぽど好きなんだね、その人のこと」
「時々殺したくなるほど好き」
わたしは、どうだろう。日高くんのこと、そこまで好きだったろうか。
お酒のせいか、自分の気持ちがわからない。あいまいな気分のまま、わたしは新しいビールを開ける。
ソファの上でねがえりをうった朝姉ちゃんが、わたしの顔をのぞきこんだ。
「あんたが人魚姫で、王子を殺せってナイフ渡されたらどうする? 殺す?」
わたしはしばらく考えて、首を横にふった。
「わたしは、やっぱり泡になるとおもう」
「王子が別の女と結婚しても?」
「大好きな人を殺して、ひとりで生きててもしょうがないもの」
「生きられると思う?」
「え?」
朝ちゃんは、イタズラっぽくわらった。
「人魚姫が王子様を殺しても、海の世界を裏切った罪は消えないでしょう。だから、オマエが死ぬ前に王子を殺せ、オトシマエをつけろ、と。お姉さん人魚はそういう理由でナイフを渡したわけなのですよ」
「人魚って、ヤクザな世界なんだねぇ」
「そうだよ、命とったるぞー!」
朝ちゃんがあたしの首に腕をからめてくる。あたしはグエ、と女の子らしからぬ悲鳴をあげてギブアップ。
「ちょっと、あんたたち夜遅くまで何やってるの」
おかあさんがドアをあけて、呆れたように言った。
「全く、いつまでも子供なんだから」
次の日は、頭がガンガンして何も考えられなかった。
日高さんからは、しばらくたって一度だけ電話がきた。わたしがとる前に切れた。
それっきり、どうなったのか知らない。
二十八の時。
「もう二度と恋愛できないって言ってたのに」
ふたりきりの控え室で、朝姉ちゃんがぼやく。
「ごめん」
「ふられたとき、さんざんなぐさめてあげたのに」
「へへ、ごめん」
うれしさがとまらない。鏡の前で、くるりと一回転。真っ白なふわふわのウェディングドレスがゆれる。
あと一時間で、わたしの結婚式がはじまる。
にやにやしたわたしに、あきれたように朝姉ちゃんが言った。
「初恋の相手と結婚なんて、ほんとに少女マンガみたい」
わたしの「結婚する人」は、小学校ではじめて好きになったタカサキくん。
同窓会で再会した彼は、小学校の面影もないくらいぽちゃりと太ってた。がっかりしてた女友達もいたけど、わたしは話やすくて、すごく安心した。
メアドを交換して、二人で会うようになって、三年目で結婚が決まった。
彼からのプロポーズは、手紙だった。
「小学生のときラブレターがすごくうれしかったって、タカサキくんに何回も言われた。ぜんぶ、朝姉ちゃんのおかげだよ」
朝姉ちゃんは淡いブルーのワンピース。長い黒髪がよく映える。ウェディングドレスのわたしより、ずっときれいだった。モトが違うから、しょうがないか。
「ほんとにありがとね。ブーケも朝姉ちゃんに投げるから、ちゃんと取ってよ」
「そんなことしなくていいから」
「朝姉ちゃんもがんばって。ちゃんと告白しなよ、モーガン・フリーマンに」
「無理だって」
「だって、朝姉ちゃんには幸せになってほしいんだもん!」
そう言うと、朝姉ちゃんは困った顔をした。
「私、あんたに嘘ついてた」
「え?」
「二十年前のラブレター、一緒に書いたやつ。あれ、私は渡せなかった。ごめん」
突然の言葉に、わたしは戸惑う。
「べつに、あやまるようなことじゃないよ。それに、あの時のことがあったから、今結婚するのかもしれないし。感謝してるよ」
「モーガン・フリーマンの話も嘘だよ。そんな人、好きじゃない」
わたしはぽかん、と口をあけた。
「そうなの? べつに、嘘なんかつかなくってもいいのに。なんであやまるの?」
朝姉ちゃんは静かに言葉を重ねる。
「だけどね、好きな人はいる。片思いなんだ。それだけは本当」
朝姉ちゃんがわたしのおとがいに指をかけた。
間近にある朝姉ちゃんの顔。真珠色の肌、切れ長の目。おそろしいほどきれいだった。
息を呑んだわたしの口に、朝姉ちゃんのそれが重なった。焼き切れそうなほど熱く、わたしは思わず目をとじる。
ほんのわずか、触れるだけのキス。
グロスを塗ったと唇と唇がはりつき、離れる瞬間を遅らせる。刹那でも永く、別れを惜しむかのように。
あごから指が離れると同時に、私はすとんと床に座り込んだ。何が起きたのか、理解できなかった。
真っ白になった頭のなかに、唇の濡れた感触とその意味だけが残っていた。
苦笑といっしょに、朝姉ちゃんはわたしの手に四角いものを落とす。
「ごめん。読んだら捨てていいよ。読まないで捨ててもいい」
手紙だった。
ピンクのチェックの柄、封筒の裏をとめた花のシール。
おぼえてる。わすれられない。はじめて書いたラブレターのレターセット。朝姉ちゃんとはんぶんこした、大切な思い出の。
封筒の端はこすれて白く、角が丸い。
わたしは言葉を失う。封筒から目がはなせない。
宛て先に書かれているのはわたしの名前だった。朝姉ちゃんの幼い丸い字。強い筆跡に、決意の重さが見えた。
ぼんやりしたわたしの耳に、遠ざかっていくヒールの足音がした。ドアが開いて、閉まる音。
「ばいばい」
朝姉ちゃんがいってしまう。
止めなければ、と思った。
ドアにとびついて開けて、朝姉ちゃんを呼び止めて、そして。
そして、なんて言えばいい?
気づかなくてごめんなさい?
傷つけてごめんなさい?
気持ちに応えられなくてごめんなさい?
この手紙の、二十年ぶんの想いを押さえつけて、まだ友達でいてね、って?
喪失感がナイフよりも強く胸を刺した。
おさななじみ。友達。親友。憧れの人。言葉にならないほど大切な人。なのにわたしは彼女を選ぶことができない。
ごめんなさい。わたしもあなたがほんとうに大好きでした。
だからさよなら。わたしの人魚姫。

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