やちおさんハイブリッド!

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  • 有賀 冬
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或る管理人の記録

  • ギャー!大変更新しておりませんでした!
    調子が戻り始めたので、またチョコチョコ更新再開いたします。


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[ 薔薇葬 ]

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「今夜の月は特別に綺麗」
 腰まで届く薔薇の海のなか、皐月さんは笑う。人形のような、非の打ち所のない整った美貌が夜空を仰ぐ。

 皐月さんは美しかった。
 一面の花も、夜をひっかいたように転がる下弦の月も、彼女をひきたてるためのアクセサリーでしかない。
 腰まである薔薇の花々が、彼女を覆うベールのように広がる。
「ご存知ですか? 薔薇が一番強く薫るのは、美しい月光の下なのですよ」
「僕はそんな話をしに来たんじゃありません」
 僕は手を握り締めた。こみあげる感情を押し殺すために。
 そうですね、と彼女は花よりも花のように微笑む。
「お話しましょう、あなたのお父様のことを」

 父は六年前、行方不明になった。
 母は僕を育てるために働いて働いて働いて、そのまま倒れて死んでしまった。
 ありがちな話だ。定石通り、僕は父を憎んだ。
 父は女のところに行ったのだ。そして、母の葬式の時にさえ帰らなかった。

「裕太郎さんは、とても優しい人でした」
 柔らかいソプラノで紡がれる父の名前は全く別のもののように僕の耳に響く。
「若い恋でした。裕太郎さんは情熱はたくさん持っていたけれどお金と家柄がなかったので、お父様は怒ってわたしたちを引き離しました。あなたの生まれるずっとずっと昔の話です」
「昔の話は結構です。今、父はどこにいるんですか。なぜ僕らを捨てたんですか」
「約束だったからですわ。わたしと裕太郎さんの。ずっとずっと一緒にいよう、死が二人をわかつとも、と」

 青白い月光の下、柔らかく微笑する皐月さんは確かにとても若く、美しかった。
 恋焦がれた初恋の相手。父の目に、彼女は日々の生活に擦り切れた母と別の生き物のように映っただろう。
 母が哀れでならなかった。
 許せなかった。母は、父を愛していたのに。

 働きすぎて倒れた母は、その三日後に死んだ。
 母の脳はどこかが壊れ、父と僕をよく混同した。まだ恋人同士だった頃の思い出を何度も反芻した。
 母の割れた唇。ざらざらとしたそれで父の名を幾度も幾度もくりかえす。
 最期には僕がいたことさえ忘れた。
 思い出の中の父を、僕は憎んだ。それでもどこかにある父を慕う僕の心を、僕は憎んだ。

「六年前、父はなぜあなたのところに行ったんですか?」
 知りたかった。くろぐろとした感情が僕をせきたてる。
「わたしがお呼びしたのです。わたしを閉じ込めていたお父様が死にましたから。
 裕太郎さんは、今更意味のないことだと言いましたけれど」
「え?」
 ふいに違和感を感じた。皐月さんが言葉をかさねる。
「裕太郎さんは、あなたとあなたのお母様を愛していました」
「嘘です。僕に気を使わないで下さい」
「真実ですわ。だからわたしと一緒になることはできない、とおっしゃいましたもの」
「だが父は帰ってこなかった。あなたのところにいるんでしょう? それが何よりの証拠だ!」
 皐月さんは僕を見た。夜のような深い深い色の瞳――ぞっとするような。
「心はあなたたちに奪われてしまったんですもの。身体くらいは、わたしにくださいな」

 身体、くらいは?
 感じる歪みが、大きくなる。

「……父はここにいるんですか?」
「ええ、ずっとわたしと一緒。約束は必ず果たされなければなりません」

 違和感の正体に気づいた。
 皐月さんは、初めてみたときから一歩も動いていない。この薔薇の園の中、彫像のように、ずっと。

 眩暈のような感覚。
 誘われるように、僕は腰まである薔薇の茂みをかきわけ、彼女のもとに向かう。
 花弁はざらざらとこぼれ、棘は僕の腕を突く。
 毒々しいほど甘い香りが肺を満たす。

 皐月さんの身体は美しかった。
 皮一枚で支えられた顔よりも遥かに強い引力を持つ、異形の美。

「死が、二人をわかつとも――」

 ひからびた死体に根をはった薔薇は、僕にとろりとした微笑みを向けた。
[ 創作短文 / 2006.05.09 ]





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