やちおさんハイブリッド!

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  • 有賀 冬
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或る管理人の記録

  • ギャー!大変更新しておりませんでした!
    調子が戻り始めたので、またチョコチョコ更新再開いたします。


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[ モノリス ]

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 父方の祖父が嫌いでした。
 無意味に怒って、殴るのです。
 機嫌の悪い時に近くにいると「何でクシャミをした! 馬鹿にしとるのか!」と意味のないいいがかりをつけるのです。祖父が気の済むまで暴行は終わりません。謝っても、意味がない。
 その時の俺はまだ子供でした。怒られたら「俺が悪かったのか」と反省しました。祖父を怒らせたのは俺の責任だと思って耐えました。父も母も見て見ぬふりでしたし。
 でも、ストレスはたまるのです。そういうときは蟻を潰して遊びました。黒い蟻の頭を、胴を、腹をプツプツと。単純作業に向いているのかも知れません。時間忘れて、延々とやりました。今でも時々やりますよ。プツプツ、ゴマを潰すように。

 命?
 ああ、蟻の命。そうですね、命は大切かもしれません。
 でも、蟻ですよ? 昆虫じゃないですか? 誰だってゴキブリが出たら殺そうとしますよね?
 虫を殺したくらいで犯罪者扱いするんですね。最近の警察は怖いな。

 歪んでましたね、きっと。ずっと、子供の頃から。
 だから、祖父が死んだ時は驚きました。
 死体を見たら、ますますびっくりしましたよ。鳥ガラみたいに白くて細い。一ヶ月前には、鬼みたいに大きくて強かったのに。永遠に生きているのだと思っていたのに。
 あ、俺が殺したんじゃないですよ、病死です。
 殺したいと思ったのは、祖父が死んでからです。
 葬式のあたりから段々腹が立ってきました。洗脳が解けたというのでしょうか。理不尽な思い出が頭をめぐって、むかついてむかついて仕方がなかった。
 その場で死体を殴りつけることは流石にできませんでした。死んだ人間に、痛覚もありませんしね。
 復讐したのは、祖父が埋葬された夜のことです。
 深夜に墓地に忍び込んで、墓石を倒しました。
 あれね、少しコツがいるんです。
 重いから、蹴ったり殴ったりしても無駄です。体重をかけて、引きずり落とすんですよ。刑事さん、やったことあります? 冷たく、すべすべした石に、手をかけて。
 ずず、ずずずず。石と石がずれていく音。こすれて、削れて、ずずず、ずずずずずず、ずずず。
 ずどん。鈍い音を立てて墓石は地面に転がり、ばっくり二つに割れました。
 俺は墓石の上で飛び跳ねました。物凄い達成感でした。何かを成し遂げる、というのは気持ちがいいものですよね。
 俺の仕業だとはばれませんでしたよ、もちろん。

 ところで、さっきから気になっていたんですが、あなたの格好は何ですか?
 ふざけた格好ですね。着ぐるみですか? 俺は真面目に話しているのに。

 話を逸らせているわけではないですよ。せかさないでください。
 それからは墓石を壊すのが癖になりました。
 イライラすることがあると墓地に行き、ずずずずずずず、ずどん。ずずずず、ずずずずずずずず、ずどん。
 何度聞いても、いい音でした。あの音を聞くだけで、何も怖くない気分になる。
 落ちるだけで割れない事もありました。その為にハンマーも買いました。たたき割って、石の内臓を覗くとスーっとするんです。
 ずご、ずご、ずご、がり、ずご、ずず、ばきん、ずご。すべすべの石の、ぎざぎざの断面があらわになる。肉に混じった脂肪のように、白い石英の粒が不規則に並んでいる。ゾクゾクしました。
 受験の最後の月なんて、単語カード片手に墓地めぐりでした。

 幽霊? いるわけないじゃないですか、そんなの。見たこともありませんよ。呪いなんかあるわけない。非科学的な事言わないで下さいよ。
 俺のやった悪事は以上です。面倒ですから全部自白しますよ。どうせ未成年ですしね。
 罪状は何になります? 器物破損ですか?


「殺人だよ」
 刑事が告げると、少年はひどく顔をゆがめた。
 クーラーの冷気を削り取るように、一文字ずつ言葉を発する。
「何を言っているのですか? 俺の話を聞いていましたか? 俺は墓石は壊したが、人殺しはしていません」
「君のハンマーから被害者の血液が検出された。何人も、何人分もな」
「人殺しなんて頭の悪い真似、俺がするわけないでしょう? 何言ってるんだ」
 少年が椅子を蹴って立ち上がる。
「あんた、本当は刑事じゃないのでしょう? そんなふざけた格好をして、俺をだまそうとしてるのでしょう? 着ぐるみなんて着て頭おかしいんじゃないんですかあんたら!」
 刑事は壁に備え付けられたマジックミラーに目をやる。鏡面に映る自分は、いつも通りのスーツにネクタイ。ドアの前に立つもう一人の刑事も似たような格好。少々くたびれてはいるが、異常な服装はしていない。
「君には、オレたちがどう見えている?」
 眼鏡の奥で、神経質そうな少年の視線が引き絞られる。
「……石だ。墓石だ。墓石が、灰色のスーツを着ている」
 刑事たちは顔を見合わせる。
「落としやすそうな墓石だ。ずず、ずずずずずず、いい音のしそうな石だ。ずずず、ずずずず、ずずずず」
「君には、自分がどう見える?」
 刑事は、ミラーを指さした。
 少年は自分の鏡像を見た。目が見開かれた。両手が顔に、頭に触れ、ぶらりと落ちた。
 重く噛みあわせた歯と歯の隙間から、ずずずず、悲痛な音が漏れる。
「石だ」
[ 創作短文 / 2006.08.31 / Co0 ]





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[ ルナ・パークへようこそ ]

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 シンユウのマサキがいなくなった。
 オレはマサキをさがして夜のまちにでかけることにした。

 夜のこうえんで、ピエロのふくをきたおとこにあった。
「探しものかい?」
「マサキだよ。オレのしんゆうだ」
「ふうん」
 ピエロはオレのかおをのぞきこむ。おけしょうのニオイがする。
「君が探しているものは、 存在しないものの影だろう? どこを探したって見つかりはしないよ」
「マサキがどこにもいないっていうのか!」
「存在しないものは、探しても見つからない。影は追いかけてもただの幻。――ただ一箇所をのぞけばね」
 そいつがぱちん、とゆびをならすと、こうえんがきゅうにあかるくなった。
 ぴかぴかひかる、たくさんのテント。ピエロはにっこりわらっておじぎをする。
「ようこそ、ルナ・パークへ。君の探し物はここにあるよ」


(し――ッ!)
 そのテントをあけると、しろいゆびが「しずかにしなさい」のかたちでとびだしてきた。
 ガイジンのおんなのこ。ふしぎのくにのアリスみたいなフワフワしたふくをきてる。
(マサキをさがしてるんだ)
(探し人ね。少し待ってて)
 テントのまんなかにはプラネタリウムみたいなでっかいキカイがあって、アリスのこえにブルル、ブルルとへんじをする。
「仕事よ。幻燈機」
 ブルルル。うなりごえがおおきくなった。パッとあかりがつく。
 スクリーンに、ニコニコえがおのマサキがうつってる。
「マサキ!」
 そこからさかのぼるようにぐるぐるながれる、たくさんのマサキのすがた。
 キャンプにいったこと。いっしょにじでんしゃにのれたこと。ガッコウにしのびこんだ夜。
 そして、そして――ブツン。
 スクリーンのそとに、マサキがいた。
「マサキ! マサキ、まーくん!」
 こどものころのよびかたで、マサキをよんだ。マサキはわらう。
『どうしたの? 元気ないよ?』
「まーくん、あのさ、あのさオレ――」
『いやだよ』
 マサキは、きゅうにクチをとがらせた。
『ちゃんと行かなきゃダメだもん。先生に怒られるのヤだよ!』
「まーくん?」
『だからダメだってば! そうじゃなくて。怒られないようにちゃんと準備しなきゃ。ね?』
 ちがう。
 これも、おもいでのなかのマサキだ。きのう、イタズラのやくそくをしたときのマサキ。
「ちがうよ。こんなのほしくないよ!」
 キカイはオレのこえをきくと、ブルン! とおおきくうなってから、うごくのをやめた。
 ――マサキはふぅっときえた。

 ふたつめのテントには、くろいフードのやつがピクリともせずにすわっていた。
「あのぅ、オレ、マサキをさがしてるんだけど……」
「…………」
「あのぅ?」
「待チビト来ズ!」
 そいつはものすごいこえでいきなりしゃべりだした。
「待チビト来ズ! 待チビト来ズ!! 巡リ巡ル螺旋ノ渦ニ交ワル糸モナク引キ会ウ縁ナク会エバ別レ会ワネバ会ワヌ! 待チタトコロデ甲斐モナシ! ケーッケッケッケェ!」
 そしてカクンとねむるように、またしずかになった。
 オレとマサキがもうあえないって、そういってた。
 むかついてキックしてやると、そいつはゆかにゴロンとたおれた。
「ケーッケッケェ!」
 オレはすぐにそのテントからそとにでた。
 ――べつに、こわくなったからとかじゃないぞ。ぜったい。


「君の親友はみつかったかい?」
「……ピエロのうそつき」
 オレはもうへとへとにつかれていた。
 いくつテントををさがしても、マサキはいない。だれにきいても、しらないっていわれる。
「かわいそうに。まだ君の探しているのが幻だとわからないんだね?」
「マサキはマボロシじゃない! オレのしんゆうなんだ!」
「マサキという名の少年は何処にもいない。君が見ていたのは存在しない影だ」
「カゲなんかじゃない! マサキは――まーくんはいるんだ!」
「――それが君の望み?」
 かおをあげると、ピエロがオレにてをさしだした。
「わたしと一緒に来るかい? 君の望む、夜のうつし世をあげるよ。
 そう、例えば――」
 ピエロがボウシをとった。ふくが、ゆかにおちる。
 ばさっとおとをたてて、のこったのはひとりのオトコのコ。
 オレは目をぱちぱちさせた。
「まーくん!?」
 いつものかおで、まーくんはわらった。
「おいでよ、一緒に遊ぼう!」
 まぶしいヒカリがさした。アコーディオンのおとがきこえる。
 てをつないだまーくんからは、夜のにおいがした。


「……ずっと、探してるんです」
 その少女は蓮見ハスミ真咲マサキと名乗った。
「私は、もう一度彼に会うことができますか?」
 占い師は、暗いフードの中でうつむいたままピクリともしない。真咲は苦笑した。お遊びの占いには重い話だ。

 彼が消えた日のことを――あの驚いて見開かれた眼を、まだ覚えている。
 いつも一緒に遊んでいた。親友だと思ってた。大好きだった。
 だけど、それは違う気持ちだと気づいて。
 幼い恋だった。けれど彼は真咲が告げるその瞬間まで、彼女が女だと知らなかった。……笑い話だ。

 いきなり占い師が顔をあげた。ガラスの眼を見開いて、けたたましく笑い出す。
「待チビト来ズ! 待チビト来ズ! 巡リ巡ル螺旋ノ渦ニ交ワル糸モナク引キ会ウ縁ナク会エバ別レ会ワネバ会ワヌ! 待チタトコロデ甲斐モナシ! ケーッケッケッケェ!」
 そしてしゃべりだした時と同じように唐突に沈黙した。
 真咲はカッとなって人形を突き飛ばす。白い顔が地面の上にごろりと転がる。
「ケーッケッケェ!」


 夜の中。アコーディオンの音色。
 天幕の裾が翻る。
 金色の光の中、少年たちの笑い声が弾けて、消えた。
[ 創作短文 / 2006.08.29 / Co0 ]






[ ことりときいろのふうせん ]

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 きいろのふうせんは おこりんぼ。
 まいにちまいにち
 ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ。
 もんくを いっては ふくれてばかり。
「どうして ぼくは きいろなんだ! あかいふうせんに なりたかったのに」
 それをみていた ちいさなことりが ききました。
「なにが そんなにいやなの? きれいなきいろなのに」
 ふうせんは いやなかおをして
「あんたには わからないよ」

 きいろのふうせんは つぎのひも。
 ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ。
「どうしてぼくは 12こ 100えんなんだ! ほかのやつらより ずぅっと おおきくなれるのに」
 ことりはふうせんに いいました。
「どうして 12こ 100えんが いやなの?」
 ふうせんは またぷくぷくふくれて
「あんたにはわからないよ」

 その つぎのひも。
 ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ。
「どうしてぼくは まるいふうせんなんだ! ほそながいやつなら いろんなかたちになれたのに」
 ことりは めを まるくして
「まるいからだが きらいなの?」
「うるさいな!」
 とうとう きいろのふうせんは おおきなこえを だしました。
 びっくりしたことりが ぱたぱたと にげだしました。

「ほら あんたにはわからない。うまれたときから そらがとべるやつに ぼくのきもちは わからない」
 それから きいろのふうせんは

ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ!!

 まいにち おこっていたせいで とてもおおきくなりました。
「どうだ ぼくより おおきくなれる やつはいないぞ」
 けれど すこしも たのしくない。
 おなかのなかが すかすかして なにかがたりない きがするのです。

「ねぇ ねぇ」
 ことりのこえが しました。
 ことりは そらをとんでいました。
「ずいぶん おおきくなったのね。わたしより ずっとずっと おおきくなったのね」
 じぶんより ちいさなことりを みて ふうせんは かなしくなりました。
「どうしてぼくは おおきくなったんだろう。こんなからだ いらない」
「どうして?」
「おもくて おもくて うごけないんだ。いやなきもちが とまらない。ぼくは ほんとうは なにがほしかったんだろう」 きいろのふうせんから ぽろり。
 なみだが ひとつぶ おちました。
 ことりは なみだを ついばむと
「かなしい あじね」
 といいました。
「わたしには はしるための あしはなくて。なにかをつくるための てのひらはなくて。
 だけどそのかわりに そらをとぶ はねがあるのよ」
「ぼくにも あるのかな。ぼくにしかできない ぼくだけのちから」
「あるわ」
 ことりが いいました。

「ほんとうに ぼくにちからがあるのなら こんなからだは いらない」
 しゅるるん!
 きいろのふうせんは たまったくうきを はきだしてみました。
「からだが かるい。
 すこし ちいさく なったけど」
 きいろのふうせんは なんだか うれしくなって からだにたまった ぶつぶついっていたくうきを
 はいて はいて はいて はいて はいて!

 しゅるるるん!

 かるくなったからだが じめんをはなれて
 みあげた さき
 あおく あおく あおく

 そら が
[ 創作短文 / 2006.08.25 / Co0 ]






[ 祈りの庭 《後編》 ]

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《前編》

「天国って何ですか?」
 ある時、私は博士に聞いた。

「難しい質問だね」
 博士は読んでいた本から顔を上げて言った。
 博士はどんな忙しいときでも何をしていても、私が話し掛けると真正面からきちんと目を見て答えを返してくれる。会話など聴覚と発声器官が動けば良いはずなのだけれど、私は博士のそういう姿勢が嫌いではなかった。
「難しいのですか」
「生きているうちは見ることができない世界だからね」
「博士も知らないのですか?」
「残念ながら」
 博士は笑って、そして本を出してきた。
 両手を広げたくらいの大きな画集。鮮やかな緑と青で構成されたたくさんの絵。草原と、細かく描きこまれた花々。柔らかそうなオレンジ色の雲の間に天使の姿。
「昔の地球ですか?」
「違う、これは天国の絵だよ。全ての望みが叶う場所だよ」
「博士が死亡した場合、この世界に行くのですか?」
「行けるといいね」
「私は行けるのですか?」
「もちろん!」
 刹那の逡巡もなく、博士は即答した。
「そこに行ったら何をする? 何でもできるよ!」
 こういう時の博士は、子供みたいな笑顔になる。本物の喜び。
 だから私は言った。
「私は、何も望むことはありません」
「なにも?」
 博士は困ったような顔。
「そうかぁ……それは少し、さみしいね」


 違うのです、博士。
 毎日食事をつくって、掃除をして、洗濯をして。
 たまに機械類を点検して、私の修理をして。
 そういう繰り返しの日常は不快ではありません。
 私に不足はありません。幸福なのです、とても。
 そう言えばよかった。


 博士の肉体をつくったところで意味がない。
 私が望んでいるのは博士自身が生き返ることだ。

 そう考え、博士の脳をトレースした。シナプスの情報をメインコンピューターに流し込み、既存の人工知能のデータと置き換える。

「博士」
『けけけけけけけけけけけけけけけ』
「博士」
『かかかかかかかかかかかかかかか』
「博士、私です」
『ひひひひひひひひひひひひひひひ』

 単音の電子音が重なり合う。コミニュケーション不可能。
 遅すぎた。脳は脆い組織だ。博士の遺体は私が発見した時ですら、死後数時間は経っていた。もうすっかり壊れてしまっている。スキャンそのものが不可能。
 初めて私は焦った。
「博士」
 博士の眠るカプセルに触れる。
「ねえ、博士。天国はどんなところですか」
 私の声は機械の駆動音に紛れ、冷たい部屋のなかに溶けて、消える。
 返答はない。
「答えて下さい、博士、博士!」


 博士に内緒でこっそり、誕生日のパーティーの支度をしたことがあった。
 奥の広間を「隔壁が壊れた」と嘘をついて閉め切り、博士が眠っている間に飾り付けをした。
 どきどきした。
 シェルターの中を探し回り、飾りになりそうなものを探した。
 シーツの端にフリルをつけてテーブルクロスをつくった。
 匂いが漏れないよう、完全密封した厨房でケーキを焼き、ただちに排気をした。
 クリームがつくれなかったのでアルコールで味をつけ、砂糖菓子に色をつけて乗せた。
 昼間は記憶に三重のプロテクトをかけてまで秘密裏にしたくせに、思考のどこかで早く見つかればいいのに、と思っていた。
 私は柄にもなく浮かれていた。
「博士、お誕生日おめでとうございます」

 博士は泣いたのだ。
 ぼろぼろと、声をあげて、子供のように。
 兵士だった私は、涙なんかたくさん見た。
 だから知っている。あれは喜びの涙ではない。
 あとで「ありがとう」といったけれど。笑ったけれど、嘘だ。

 私は目を開く。
 蓄積された記録から、現実に視線を戻す。
 博士は死んだ。死んだのだ。死んだ。
 もう二度と動かない。
「どうしてですか、博士」
 私は胸に手を当てる。
 ごつりと重い、ピストルの感触。
「どうして一人で行ってしまったのですか」
 ピストルは、博士のベッドルームを掃除している時に見つけた。見てはいけないような物の気がして、だけどそこに戻すこともできなくて、私は銃をポケットにこっそり隠した。博士は気がつかないはずもないのに、何も言わなかった。
「博士、どうして何もおっしゃってくださらなかったのですか」
 ピストルに弾丸は一つしか入っていない。自分で自分を殺すためだけの道具。失われた世界から取り残されたこの静かな部屋で、博士が願った安息の形。
「私を連れていかなかったのは何故ですか」
 ピストルは私が身につけているのが一番安全だと思った。これで博士がいなくなることはないと、不安項目を一つ削除した。
 私は、とても愚かな機械だ。

 博士の死。今ならその理由が分かる。
 この世界で最後にひとり残ってしまったこと。
 私のような壊れかけのロボットに出会ってしまったこと。
 博士は私とは違う。
 博士を得ることができた私とは違う。
 たくさんの失ったもの、それを忘れるように、思い出さないように、そうして生きてきたのに。
 私が壊れれば博士は私と出会う前よりも孤独になる。淡々とした日々の先にある、絶望と恐怖。

 博士は私を恨んで死んだはずだ。
 こんな小さなお守りすら持つことを許さなかった私を。
 博士の修理もできない役立たずな私を。
 博士が死んだのに涙のひとつぶさえ流せない私を。

 ――衝動、というのだと思う。
 テーブルの上に水差しがあった。
 引き寄せる。
 博士が死んだことも知らなかった私が、あの朝なんの疑問ももたず用意したもの。
 いつもの日常なんかもう何時間も前に破壊されていたのに、そんな事も知らなかった私の、馬鹿な私の名残。

 水差しを持ち上げる。歪んだ関節がエラーを返す。無視した。
 そのまま、眼球めがけて水をこぼす。
 視界が揺れた。
 あふれる水滴に、視覚センサーが焦点を設定しきれず、その任務を放棄した。歪む。
 瞬いた拍子にあふれたものが、こめかみを伝い落ちる。それが私の体温でほんのわずか温度を増していく。
 涙とは、これだけの事か。くだらない。つまらない。どれだけ水を流そうと、もう博士は生き返らない。
 水滴がどこかの隙間から滑り込んだ。
 頭脳の奥でばちり、弾ける音。焦げた匂いが直接鼻腔センサーに




めのまえがいっぱいの


ひかり




 博士。
 私は人間になりたかったのです。
 あなたと同じ人間になりたいのです。

 ずっと言えなかった。言いたかった。言えなかったんです。
 これが、願いと――










ブつん。










 ……強い土の匂いがした。
 湿った、生きた土の匂い。
 瞬きをくりかえすと、ぼんやりとしていた視界がクリアになっていく。
 指先に、痺れるような心地よい感覚。頭の中をかきまわして――そう、冷たい。この感覚は冷たいというのだ。
 目の前にある私の手。
 触れる。握る。柔らかい。
 手にも足にも人工皮膚のつなぎ目がない。爪を立てるとチリと痛みが走った。
 頬、腕、唇。触れる。

 身を起こすと、そこは大きな草原だった。なだらかな稜線の向こうは暖かな色の靄がかかっている。遥か遠くにきらきらと水面の反射が見えた。
 見上げると見たこともないほどの青の空。

 天国だ、あの絵と同じ。
 全ての願いが叶う場所。
 じわじわと喜びがこみあげてきた。立ち上がる。左足も動く。私の人間の体。
 私が人間になれた!
 自然に唇から言葉がこぼれた。
「博士」
 かさりと後ろで草を踏む音。
 私は振り返る。博士、私はずっとあなたを――

 そこには、一体のブリキの人形があった。

 四角い頭。
 羽織った白衣。袖口のコーヒーの染み。パイプをつないだ細く長い指。
 鉄の箱を組み合わせたような、オモチャみたいな姿。

(全ての望みが叶う場所だよ)

 無機質な博士の目。
 死ぬ前の自分と同じ。
「博士」
 触れる。冷たい。
「私も、博士と同じ事を願っていました」
 あなたとおなじものになりたいと。
 博士はぎい、と音を立てて小首をかしげると、口をパクパクと動かした。
 チカチカと、目の奥で赤と緑の電球が点滅する。

 弾けた。
 私は笑った。博士の稚拙なロボットの姿に。私は笑った。博士の反応が可愛らしくて。私は笑った。天国の、神様の皮肉に。私は笑った。涙がこぼれた。

 私は笑って――
 ピストルを取り出し、こめかみにあてた。
[ 創作短文 / 2006.08.22 / Co0 ]






[ 祈りの庭 《前編》 ]

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 今日、世界で最後の人間が死んだ。
 天国に行ったのだ。


 死体となった彼を見つけたのは私だった。
 いつものようにドアを開け、水差しをテーブルの上に置いて声をかける。
「博士、起きてください」

 死んでいた。

 枕元に転がった睡眠薬の瓶は、すっかり空になっている。薄く開いたままの瞳孔は動くことがなく、唇は弛緩し、ぽっかりと開いた口から軽い腐臭がした。
 涙は出なかった。私にはそんな機能がついていないから。
 さて、どうしよう。
 はじめに考えたのは、博士の事より自分自身の事だった。
 私の自己修復機能はすっかりさびついていて、博士がいない今、どこかが壊れたらそのまま動かぬ人形となる運命だ。
 博士を欺いた罰だ。
 胸のポケットに手を当てようと腕をあげると、磨り減った関節球がキィと耳障りな音を立てた。


 最後に修復してもらったのは二日前のことだった。
「いつもありがとう」
「何ですか、突然」
 私の左足を分解しながら、博士は静かな声で言った。
「突然じゃないよ。いつもいつも思ってるんだ。君がいなければ僕はこんなふうに生きてはいないだろうな、と」
 私は椅子に腰掛け、博士は私の足元で作業をしていた。
 いつもは見えない博士のつむじ。
 それを見下ろしながら私はいつも通りの口調で言った。
「そうでしょうとも。博士は縦の物を横にしようともなさらないもの。少しはご自分で片付けたらどうですか」
「やろうとは思っているんだよ」
「思っているだけで現実が動くのなら、私も苦労しないのですけれど」
 私がため息をつく真似をしても、博士は苦笑して修理を続ける。
 博士が下を向いているので、私がじいっと見入っていたとしても気づかれる恐れはない。
 白くて長い指がするりと動くだけで、部品のひとつひとつが新品のようにぴかぴかになっていく。
 魔法のようだと思った。
 そう感じるくらいの機能は、私にだってある。
「ここには、私と博士しかいないのですから。私を修理してくださるのは博士しかいないのですから」
 そんな言葉が、珍しく言えた。
「私にもありがとうと言わせてください」

 あのとき、博士はすでに死を決意していたのだろうか。
 分からない。何度リピートをかけても、流れるのはいつも通りの日々だけだ。
 私の記録は磨耗しない。
 映像はここにある現実と遜色がないのに、瞼を開けて見えるのは博士の死体ばかりだ。もう動くことはない。

 そうだ、と思った。
 動かないならば、動かせばいい。
 私が博士を修理してあげればいいのだ。いつも博士が私にしてくれるように!


 とりあえず博士の部屋に非常用のカプセルを運び込んだ。博士の遺体をコールドスリープの状態にする。
 口内細胞からDNAを取り出し、食肉用の培養プラントで博士のクローンをつくることにした。
 そう遠くないうちに、きっと博士が元に戻る。
 博士は肉が嫌いだったから、このプラントが動くことはほとんどなかった。
 私がここに来たばかりの頃など、ろくろく料理さえしていなかった。

「きちんとした食事を召し上がってください!」
「別にこれだっていいじゃないか」
 ポロポロと固形の栄養食品を齧りながら博士は言った。
「すぐ食べられるし、料理する手間も省けるし、第一食事ごときでプラントをいくつも動かすのは合理的じゃないよ」
「駄目です!」
 ぴしゃりと言うと、博士は困った顔をした。視線は何か助けを探すように天井をさまよう。
「僕は好きなんだけど……」
「栄養の吸収率が違うのです! 博士もいつまでも健康でいたければ、決められた時間にしっかりと食事をとるようにしてください!」

(そうだ。これは博士と会って三日目の記憶)

 蜘蛛の巣がはったプラントを掃除して稼動させるまで、六時間と四十五分もかかった。
 博士は動き回る私の隣にうろうろと来て、「手伝おうか?」と言った。私はもうムキになっていたから「結構です!!」と言い切った。
 でも配線が全然分からなくて、結局博士に手を貸してもらった。
 その間中、私はずっと不機嫌でそっぽを向いていた。
 できた材料で料理をして、博士がせっかく「おいしい!」と言ってくれたのに信用しようともしなかった。
 なんて贅沢な記憶だろう。


 博士は蘇らなかった。
 博士のDNAを持った肉の塊が生産されただけだった。


 私はもともと戦争のために作られた。
 一線で活躍する戦略的兵器ではなく、歩兵のひとつとして。
 元々その国は戦争などするつもりはさらさらなかった。式典のための行進、大きな飾りのついた長銃、剣舞。儀礼化された練習を繰り返すだけの軍隊。
 それは当然のように、死に物狂いの敵軍にあっさりと負けた。
 矜持の高い軍だった。
 負けた事実が把握できなかったのか、許せなかったのか、とにかく壊したかったのか、狂っていたのか。何かの手違いか。使ってはいけないはずの兵器が投入された。

 世界は滅びた。多分、きっと。

 気がつくと私は一人だった。
 体のあちこちがぎしぎしと音を立てていた。
 私を守った塹壕の壁は、指でつついただけでボロボロと砂となって崩れた。
 ぽっかりとあいた雲ひとつない空。
 私の他に動くものはなにもない。
 私は愚かにも、味方の軍勢などを探した。あるはずのないものはどこにもなかった。
 うろうろと二百五十ニ時間と十三分歩いたところで足の関節が壊れた。
 変質した素材は硝子の砕けるような音を立てて割れた。

 歩けなくなった。

 歩けなくなった途端、現状の認識さえおかしくなった。
 何のために歩いているのかが分からなくなった。
 どうしてここにいるのかが分からなくなった。
 私は何をすればいいのかが分からなくなった。
 そもそも、私が何なのかが分からなくなった。
 叫んだ。怖かったのだ。誰もいない焼け跡に取り残され、生き物の声ひとつしないその状況が。

 けれど、暴走する感情とは逆に、論理回路は冷静に計算を弾き出していた。
 こんなところにとどまっていても、どれだけ叫んだとしても、何一つ状況は変わらない。助かりたいのならば行動を起こさなければならない。
 何を? どうやって?
 どうせ、ここで壊れるのだと思った。
 壊れて、崩れて、この焼け野原の砂のひとつぶになるのだ。たったひとりきりで――

「やあ」

 だから、声をかけられた時はショートするかと思うほど驚いた。
 白衣を羽織った、ひょろりとしたのっぽな男だった。しゃがみこんでいたから、余計そう見えたのかもしれない。
 亜麻色の髪に太陽の光が透けて、やたらと背の高い電気スタンドみたいだった。
 あんぐりと口を開けている私に、その男はやたらと緊張感のない笑顔を向けた。
「一人なの? 僕は――ああ、僕は怪しいものじゃない。あそこに住んでるんだ。すぐそこの、ホラ、小山みたいに見えるだろ? あれがシェルターになってて。隔壁の構造は僕が発案したものなんだけど――」
 ペラペラと三十分強、男はいかにその隔壁が丈夫で安価で安全であるかを地面に図まで描いて私に説明した。私はぽかんと状況忘れ、それを聞き続けていた。

(今考えると苦笑が漏れる。きっと、博士は緊張していたのだろう)

 そのうち、私の足首が砕けているのに気づいた彼は「君、ロボットだったんだ!」と驚いた。
「あ、いや、ロボットだからってその、あの、えーと……」
「構いません、私、兵機ですから」
 私は、なるべく相手を緊張させないように笑った。
「どんなふうに言われるのも、扱われるのも馴れていますから」
 彼はひどく悲しい顔をした。まるで彼自身が傷つけられたように。
 そうして私に手を差し出した。
「行こう」
「え?」
「うちにおいで。君の治療をしよう」

 人間に背負われるのは初めての体験だった。
 私はひどく重いから、彼の腕がしびれて途中でぶるぶる震えてきた。なのに「降りましょうか?」と私がいくら言っても頑として首を縦に振らず、一時間近くかけて私をシェルターの中に運び込んだのだ。


 変なところで博士は頑固だった。
 私は凍った博士を収めたカプセルに触れる。ポケットが当たり、がちりと鈍い金属音を立てた。
 博士、ごめんなさい。謝ります。だから起きて下さい。
 思い出話をしませんか。早く目を覚まして下さい。

《続》
[ 創作短文 / 2006.08.18 / Co0 ]






[ 或る天使の記録 その5 ]

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 生まれる前の記憶。あたし、少しだけあるよ。
 真っ白な世界のなかにいたんだ。嫌な事なんかひとつもない、平和なとこ。うとうとと眠っているような、退屈な場所。

 ある日、翼の生えた綺麗な人があたしたちの仲間を何人か集めた。
「お聞きなさい、お前たちは選択を与えられた選ばれた者たちです」
 あたしたちは神妙な顔をしながら、綺麗な人の話を聞いてた。
「お前たちが生まれる世界はとても汚く、お前たちの送る人生もろくなものではない。
 故に神が温情を賜れたのです。お前たちには選択の権利が与えられました。地上へ産まれ落ち苦痛の多い生を送るか、このまま神の御許で安らかに暮らすか」
 あたしたちはふるえあがった。
 綺麗な人は順番に、これからあたしたちの送る「ろくなものではない人生」を教えてくれた。
 殺される運命の子がいた。自殺する運命の子がいた。お金で売られる運命の子がいた。運命を聞く前に怖くなって生まれるのをやめる子もいた。
 最後に綺麗な人はあたしを指さした。
「お前が送る人生は、とても辛くて苦しいものです。良い事など一つもなく、人を傷つけ憎み恨み、そして同じくらい恨まれながら死んでいく」
 あたしはそんなのイヤだった。
 綺麗な人はにっこり笑って、
「それではこちらにいらっしゃい」
 そう言って、手をひろげたの。仲間たちはその中に飛び込んでいった。翼が抱きしめるように広がるのが見えた。
「ほら、あなたも」
 あたしもそうしようと思った。
 ばりん、て音がするまでは。

 忘れない。忘れられないのよ、あの時の事は。
 真っ白い世界の破片が落ちて、真っ黒い闇がすこしだけのぞいた。闇はあたしたちと綺麗な人を見ると舌打ちをした。
「悪趣味な」
 がりがりと引っかかれるような強い声だった。怖いのに、いつまでも聞いていたくなるような不思議な響き。
「骨を抜いた泳げぬ魚、翼を落とした飛べぬ鳥。そんなものを幸福と呼ぶか。お前の神は最悪だ」
 綺麗な人が眉をしかめてあたしに言った。
「聞いてはいけません、あれは悪魔です。お前を苦痛へ堕とそうとする存在です」
「笑わせる」
 悪魔と言われた闇は、空間を歪めるようにしてあざ笑った。
 そして、あたしを見た。
 あたしだけを見た。
「選べ、女。憎むことも妬むことも苦しむこともあがくこともできない世界は、お前が生くるに足るか?」

 今でもはっきりと覚えてる。
 ぞくぞくする、あの感情。強く迷いのない、有色の吸引力。
 悲惨な運命のことなんか頭からトンでた。
 大事なことは心が知ってた。
「選べ!」
 あたしは頷くと、まっすぐに闇のなかに飛び込んでいった。

 うん、言われたとおり、あんまいい人生じゃない。キツくて逃げ出したいことも、死にたくなったりすることもいっぱいある。人にそう思わせたこともあるね、きっと。
 どうしようもなくなった時はぼんやりと夕暮れの中、あの時の悪魔の異形の瞳を、人間とは違った目のかたちを思い出す。
 どんな結末になっても死ぬのは怖くない。魂はもう奪われているから。
 生まれる前の、初恋の記憶。


「きっと地獄に落ちるのね」
 そう言って、彼女は花のように笑った。
[ 創作短文 / 2006.08.15 ]






[ バイバイ。 ]

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 透明な晴天の下、からみついた女の右手が「しあわせね」とささやく。
 僕の右手は空に石を投げつける。途端に書割は破れ、すきまから絶望がとろけ落ちてきた。
 コールタールのように黒く、甘い蜜の薫りがする。
 僕は安心して、その中に彼女を沈めた。
 どろり。
[ 創作短文 / 2006.08.11 ]






[ まなうらの森 ]

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 手さぐりで深い緑の茂みをかきわけると、うつくしい少女の顔があらわれた。
(そのはずだ)

 薄暗い森の中、浮かび上がる白磁の肌。閉じられた瞳、長いまつげが目もとに陰を落とす。唇は赤く、うすく開いたまま。白い前歯が少しだけのぞいている。
(そのはずだ)

 大樹に寄り添うしなやかな肢体。ほっそりとした腰と薄い胸。つるつるの肩、かすかに赤いひざこぞう、上品なくるぶし。黒髪に絡んでいるのはトケイソウの蔓だ。針のない時計の形の紫の花が、彼女の肌に映える。
(そのはずなんだ)

 彼女は甘やかな香りをたたえたまま、私の訪れを待っている。
(そうに違いない)

 彼女の魂は天国にある。もう、目は開かない。
 時の止まった世界の中、彼女は私だけのねむり姫だ。


 四十九日を過ぎた頃、ぼんやりする私を見かねて、息子夫婦が山荘へ滞在をすすめてきた。

 妻があっけなく逝ったのは、私が定年を迎えた矢先の出来事だった。
 穏やかに流れた四十年間の夫婦の暮らし。住み慣れた家はそこかしこに妻の温もりの残っていた。悲しみよりも、違和感の方が大きい。
 あるべき人が、そこにいない現実。
 半身が失われたようだと、確かに私は妻を愛していたのだと、これ以上の苦しみなどないと。
 私はそう信じた。

 山荘での暮らしは、思いのほか快適だった。
 家は小さな台所と寝室がひとつきり。手狭だったが、一人で暮らすぶんには不自由がない。
 時折、世話役の男が食料を配達に来る以外に来訪者もない。
 男は無愛想で、私にほとんど構うことはなかった。私が散歩に出かけている時には、玄関口に配達物を勝手に置いて去ることもあった。
 テレビもラジオも話し相手もいない生活。
 国道からすぐ、という立地条件の割に車の音もない。

 窓を開ければ、広がるのは白樺の森。
 晴れていれば葉ずれと、鳥の声がする。雨の日は水滴と風の音が。
 騒がしい静寂は、孤独な気分を消してくれた。
 一人暮らしになると、やれることはたくさんあった。家事に料理に読書、近くの川ではニジマスも釣れた。空気の澄んだ夜には、天体観測もした。楽しかった。子供の頃に戻ったようだった。
「お義父さん、こっちに来てから若返ったみたいね」
 訪ねてきた息子の嫁に苦笑されるほどに。


 森の中に彼女を見つけたのは、二週間前のことだ。
 彼女ははじめから死体だった。

 茂みの中、置き去りにされた少女の裸身。
 側には車の轍が乱暴に刻まれていた。ここまで乗り付けて、彼女を投げ捨てたのだろう。
 充血した瞳には、驚きと絶望が貼りついたままだった。
「かわいそうに」
 私は彼女をを抱き上げると、木の根を枕に白い身体を横たえた。
 胸元で胸を組ませ、目を閉じさせる。
 恨むような視線が消えても、厳しい表情は変わらない。
 ちちちち、と鳥の声がした。夏の鮮やかな日差しの中、少女の顔色だけが取り残されたように白い。
 私はそっと、彼女の髪をなでた。
「つらかったろうに。大丈夫だよ。怖いものはもう、ここには来ないからね」
 そのまま頬に指をすべらせる。ひんやりした、絹のような手触り。
 ほうっと息を吐くように、彼女の顔が穏やかなものに変わった。そんなふうに見えた。
 まだあどけない面影の、美しい少女だ。
 指は輪郭をたどり、首につけられた痣をなぞり、鎖骨をさぐり、柔らかな乳房に触れる。
 少女の、すんなりと伸びた若木のような肢体。
 若い女の、吸いつくような肌。
 犯されて捨てられたのだろう。鼻を寄せると、精の臭いがした。ふとももに触れると指の腹がわずかにねばつく。
 腹の底から下卑た欲望が込み上げてくる。
 誰も見ていない。
 この森には彼女と私しかいない。
「きれいだね」
 彼女の耳元でつぶやく。
 光の加減だったのだろう。彼女はほんの少し唇の端を上げ、艶やかに、誘うように微笑んだように見えた。
 だから、した。

 それからは毎日、私は彼女との逢瀬を楽しんだ。
 警察に届けよう、という気にはならなかった。そんなことをすれば、私が彼女にしていることが白日の元に晒される。
 けれどそれよりも、彼女をどこかへ連れて行かれてしまうことが怖かった。
「君はどこにもいかないね」
 私の問いに、彼女は返事をしない。私の膝に頭を寄せ、身をまかせている。
 それが答えだ、と思った。
 朝の透明な空気の中、沈黙がとても心地いい。
「ありがとう。ずっと一緒にいよう」
 いつものように、彼女の髪をなでる。
 頭皮がぞろりと剥けて、髪の束が手にはりつく。
 彼女は、腐り始めていた。

 私は慌てた。
 巨大な棺桶のような冷蔵庫を注文した。配達に来た無愛想な世話役がおかしな顔をしても気にならなかった。
 冷蔵庫の中にはクッションを敷き、冷えた寝台をこしらえた。あとは彼女を入れるだけだ。
 森の中に彼女を迎えに走った。夜の闇の中、彼女の白い身体は薄く光っているように見えた。
 私は彼女を抱き上げる。けれど、手の中に彼女の身体がおさまったのは一瞬だけだった。
 ぬるり、液化した肉が指をすりぬけ、したたり落ちる。
 彼女がこぼれおちていく。
「あ」
 反射的な嫌悪感。
 彼女の首ががくりと垂れた。目から口から鼻から、どぶ色の水があふれるように流れ落ちた。
 黒い見たこともない虫が彼女の耳からすべるように逃げた。
 ぐったりともたれた彼女の顔はとても悲しげに目に映った。こぼれる肉汁が涙のようだった。
「ごめん、ごめんよ」
 慌てて下に降ろしても、彼女の表情は変わらない。
「そうだね、済まない。どんな姿でも君は美しい」
 黄色に濁った目が私を見ていた。
「ああ、悪かった。間違えているのは、私のほうだ」
 迷うことはなかった。
 右の眼窩に、指を差し入れる。
 逃げようとする眼球を親指と人差し指で掴みとり、一気に引き抜いた。
 ぶちぶちと神経と血管が切れる感触がした。脳髄に圧迫されるような感覚だけが残る。
 熱を帯びた痛みと、瞼の下から流れ出る熱い生臭い液体。
 彼女とおそろいだ。
 左目に指を突き込む瞬間、彼女が笑顔に変わったように見えた。
 その美しい姿は、変質することなく私のなかに残った。

 彼女の腐敗臭がひどくなり、鼻の中を焼いた。
 彼女の肌がぬるぬるしてきたので、指の皮を削いだ。
 蝿の音がひどくなったので鼓膜を破った。
 暗闇。無音。無臭。無感触。舌を切り取り、私は五感のない世界に満足した。傷の痛みも感じない。
 彼女だけが光だ。

 私は地獄に落ちるだろう。
 私の最期の奇異な行動を、誰もが訝り、笑うだろう。
 異常だ。愚かなことをしているのは自分でも分かっている。ただ穏やかな日々だけを望んでいたはずだったのに。
 ああ、けれど甘美なこの感情。
 この気持ちが嘘ならば、世界に本当の事などひとつもない。

 私は彼女にくちづける。蠢くような感触は蛆だろうか。
 今度は唇も潰さなければならない。
 瞼の裏の深い森の中、彼女は蝶のように瞬き「わたしもあいしてるわ」と囁いた。気がした。
[ 創作短文 / 2006.08.08 ]






[ 1000HITありがとうございまます! ]

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i-24.jpg 1000HITありがとうございましたです。駄文サイトですがこれからも精進いたしますので、お暇な時に覗いてやって下さいませ!

 、せっかくなので1000HIT記念の企画として、皆様のコメントを集めて女の子の一丁でもこしらえてみます。
 参加してくださる方はどうぞ、下にある変な動く顔を押して下さい!
[ 履歴/日記 / 2006.08.05 / Co8 / Tr3 ]






[  ]

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 珠子ちゃんの毬は赤い毬。
 金糸の縫い取り、月のもよう。はずむたんびにちりちりちり、奇麗な音がちりちりちり。
「中にね、銀の鈴が入っているのよ」
 おっとりとした声で珠子ちゃんは言う。
 あやは唇を噛む。

 珠子ちゃんは綺麗。
 まっしろの顔もさらさらした黒髪も、人形のように綺麗。
 着物だって、あやみたいなお古のお古、足元がすりきれたようなやつじゃない。
 珠子ちゃんちはお金持ち。
 キネマに出てくるような毛足が長い、外国から来た猫がいる。あやの家のみすぼらしい子猫とは別の生き物のみたいな。
 珠子ちゃんは優しい。
 めったに食べられない甘いあまいお菓子をくれる。
 ずっとずっと友達でいてね、って。

 だけどそのたびに、あやのこころに何か、むかむかするものがたまっていくのだ。
 砂時計のように少しずつ、黒く。
 笑う顔がゆがんでいって、とてもみにくいものになった気がするのだ。
 だけど、今日はちがう。

 ――れんげ はこべら ほとけのざ
 ――散らしてべべを飾りましょ

「あ――」
 手鞠歌が止まる。
 転々、珠子ちゃんの毬が転がり落ちた。
 あやは笑う。
「珠子ちゃん、下手ね」

 あやの毬は黒い毬。
 おばあのほどいた着物で、あやが作った。
 みすぼらしくてちょっとゆがんでいるけれど、ぽぉんぽぉん、踊るようにはずむ。
「あやちゃんの毬、あたらしいのね」
 ものほしそうに、珠子ちゃんが尋ねる。あやは得意げに声をひそめた。
「あのね、中にね――」

 そいつは地面を蹴るたびに、にゃあにゃあにゃあと声をあげた。
[ 創作短文 / 2006.08.03 ]






[ 或る天使の記録 その3・続 ]

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前回
「奇跡なんて起きねーって」
「起こせますよ。オレを誰だと思ってるんですか、もう」

 居酒屋で、隣に座った天使とまた飲んだ。

「じゃあ、貴方の願いを叶えてあげますよ。望みは何ですか? 女ですか金ですか?」
「即物的だな。せめて幸福とか言えよ、仮にも天使だろーがお前」
「女体や現金では幸福になれませんか?」
「……なるけどさ」
「そんな貴方に朗報です!」
 天使はカウンターを叩いて立ち上がった。皿のふちいっぱいまで盛られていたもずく酢が大量にこぼれる。
「この『大幸運☆ラピスパワーブレスレット』! これをつければ、ラブフェロモンに女はメロメロ蟻地獄、金運パワーに福沢諭吉がだーいぎょーれーつ!」
「つまんねーこと言ってないで服ふけよ。酢酸くさいぞ」
「もう貧弱なボウヤだと馬鹿にされませんよ?」
「そうだな。今までされたこともないけどな」
「もー、ノリわるいー!」
 天使はばたばた両手を振り回してあばれはじめた。
 やっぱり今日も酔っている。
「お前さあ、そうやって簡単に『願い叶えます』なんて言うもんじゃねーよ」
「なんでですかなんでですかなんでですかぁー?」
「まず座れ、酔っ払い。
 あのな、そう簡単に願い事が叶ったら、ありがたみもなにも無いだろう。女でも金でも他のもんでも、自分で努力してゲットするのが大事なの。その時うまくいかなくても、経験を生かして次につなげる。失敗は成功の母。人生には結果より過程が必要なんだよ」
「そんなもんですか」
「そんなもんなんですよ。こんなとこでクダ巻いてないで、ちゃんと仕事しろ」

「やっぱり、貴方はいいな」
 天使が笑った。
 トーンの違う声に、俺は思わず視線を向ける。
「オレが相手にするようなのは、強欲な人間が多いんです。一つ願いが叶えばその次を、その次が叶えばまたその次、際限なくループする」
 人形じみた白い横顔が、酷薄な笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
「神に祈る人間の残酷さを知っていますか? 善良な弱者の顔で、オレたちに何をねだるか。
 健康でありますように。幸福でありますように。お金が入りますように。名誉が得られますように。長生きできますように」
 居酒屋の喧騒が、膜を通したように遠い。
 天使の呪文のような声だけが、俺の耳を釘付けにする。
「気に入らない奴が死にますように。好きな人の心がこちら側に捻じ曲がりますように。努力せずとも才能が得られますように。富と名誉が際限なく手に入りますように。不老不死になれますように。皆が自分を崇めますように。自分以外の全ての人間が――」
「お、俺は!」
 ぞくりとして俺は叫んだ。口の中がやけにべとついている。言葉が詰まる。
「俺は、そんなのは、いらない」
「そうですね」
 ふいに天使がこちらを向いた。
 透き通った明るい青の瞳が俺を捉える。
「貴方は、オレに何も望まない。だからオレはここにいられる」
 無機質で、ユニセックスな美貌。
 そうだ、こいつは天使だ。言葉を交わすこともできる。人間と同じかたちをしている。けれど俺とは別の、異質の存在なんだ。
 天使が翼を広げる。
「だから叶えてあげますよ、貴方の本当の願いを」
 そして手を天へと掲げ、高らかに叫んだ。

「生中ふたつ!」
「アリヤトーゴザイマー!」

「ビールかよ!」
「ジョッキがからっぽですし、欲しいでしょ? 飲めば幸福になれるでしょ?」
「なるけどさ! 三秒前のホラーな雰囲気はどこにいったんだ!」
 ギャアギャアわめいているうちに、アジア系の店員がビールを二丁、目の前にどかんと置く。
「オムタセシヤーター」
 謎言語を操りながら微笑む。むき出しの歯がキラリと白い。
「細かい事はおいといて、とりあえず乾杯」
「現金な奴だな、お前」
 どこかほっとした気分で、俺は差し出される金色のジョッキを合わせた。
 コン。重い音。泡があふれかけ、俺は慌ててジョッキに口をつけた。
 ごくんごくん。喉を鳴らして飲み干す。
 確かに、奇跡のように冷たく、旨い。


 目が覚めると自分の部屋だった。空はぼんやりと明るくて、夕方だか明け方だかわからない。
 俺は頭を掻きつつ起き上がる。
 喉がかわいた。
 四畳半の部屋を抜け、洗面所へ。
 歯磨きコップで水を三杯立て続けにあおり、息をつく。
 昨日、どうやって帰ってきたっけ。記憶がないな。
 うすぼんやりした鏡のなかには、ねむそうな俺の顔。
 額に、反転した赤い文字。

「魂、売約済」

 あいつ、やっぱり天使じゃない。
[ 創作短文 / 2006.08.01 ]






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