やちおさんハイブリッド!

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  • 有賀 冬
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或る管理人の記録

  • ギャー!大変更新しておりませんでした!
    調子が戻り始めたので、またチョコチョコ更新再開いたします。


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[ まなうらの森 ]

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 手さぐりで深い緑の茂みをかきわけると、うつくしい少女の顔があらわれた。
(そのはずだ)

 薄暗い森の中、浮かび上がる白磁の肌。閉じられた瞳、長いまつげが目もとに陰を落とす。唇は赤く、うすく開いたまま。白い前歯が少しだけのぞいている。
(そのはずだ)

 大樹に寄り添うしなやかな肢体。ほっそりとした腰と薄い胸。つるつるの肩、かすかに赤いひざこぞう、上品なくるぶし。黒髪に絡んでいるのはトケイソウの蔓だ。針のない時計の形の紫の花が、彼女の肌に映える。
(そのはずなんだ)

 彼女は甘やかな香りをたたえたまま、私の訪れを待っている。
(そうに違いない)

 彼女の魂は天国にある。もう、目は開かない。
 時の止まった世界の中、彼女は私だけのねむり姫だ。


 四十九日を過ぎた頃、ぼんやりする私を見かねて、息子夫婦が山荘へ滞在をすすめてきた。

 妻があっけなく逝ったのは、私が定年を迎えた矢先の出来事だった。
 穏やかに流れた四十年間の夫婦の暮らし。住み慣れた家はそこかしこに妻の温もりの残っていた。悲しみよりも、違和感の方が大きい。
 あるべき人が、そこにいない現実。
 半身が失われたようだと、確かに私は妻を愛していたのだと、これ以上の苦しみなどないと。
 私はそう信じた。

 山荘での暮らしは、思いのほか快適だった。
 家は小さな台所と寝室がひとつきり。手狭だったが、一人で暮らすぶんには不自由がない。
 時折、世話役の男が食料を配達に来る以外に来訪者もない。
 男は無愛想で、私にほとんど構うことはなかった。私が散歩に出かけている時には、玄関口に配達物を勝手に置いて去ることもあった。
 テレビもラジオも話し相手もいない生活。
 国道からすぐ、という立地条件の割に車の音もない。

 窓を開ければ、広がるのは白樺の森。
 晴れていれば葉ずれと、鳥の声がする。雨の日は水滴と風の音が。
 騒がしい静寂は、孤独な気分を消してくれた。
 一人暮らしになると、やれることはたくさんあった。家事に料理に読書、近くの川ではニジマスも釣れた。空気の澄んだ夜には、天体観測もした。楽しかった。子供の頃に戻ったようだった。
「お義父さん、こっちに来てから若返ったみたいね」
 訪ねてきた息子の嫁に苦笑されるほどに。


 森の中に彼女を見つけたのは、二週間前のことだ。
 彼女ははじめから死体だった。

 茂みの中、置き去りにされた少女の裸身。
 側には車の轍が乱暴に刻まれていた。ここまで乗り付けて、彼女を投げ捨てたのだろう。
 充血した瞳には、驚きと絶望が貼りついたままだった。
「かわいそうに」
 私は彼女をを抱き上げると、木の根を枕に白い身体を横たえた。
 胸元で胸を組ませ、目を閉じさせる。
 恨むような視線が消えても、厳しい表情は変わらない。
 ちちちち、と鳥の声がした。夏の鮮やかな日差しの中、少女の顔色だけが取り残されたように白い。
 私はそっと、彼女の髪をなでた。
「つらかったろうに。大丈夫だよ。怖いものはもう、ここには来ないからね」
 そのまま頬に指をすべらせる。ひんやりした、絹のような手触り。
 ほうっと息を吐くように、彼女の顔が穏やかなものに変わった。そんなふうに見えた。
 まだあどけない面影の、美しい少女だ。
 指は輪郭をたどり、首につけられた痣をなぞり、鎖骨をさぐり、柔らかな乳房に触れる。
 少女の、すんなりと伸びた若木のような肢体。
 若い女の、吸いつくような肌。
 犯されて捨てられたのだろう。鼻を寄せると、精の臭いがした。ふとももに触れると指の腹がわずかにねばつく。
 腹の底から下卑た欲望が込み上げてくる。
 誰も見ていない。
 この森には彼女と私しかいない。
「きれいだね」
 彼女の耳元でつぶやく。
 光の加減だったのだろう。彼女はほんの少し唇の端を上げ、艶やかに、誘うように微笑んだように見えた。
 だから、した。

 それからは毎日、私は彼女との逢瀬を楽しんだ。
 警察に届けよう、という気にはならなかった。そんなことをすれば、私が彼女にしていることが白日の元に晒される。
 けれどそれよりも、彼女をどこかへ連れて行かれてしまうことが怖かった。
「君はどこにもいかないね」
 私の問いに、彼女は返事をしない。私の膝に頭を寄せ、身をまかせている。
 それが答えだ、と思った。
 朝の透明な空気の中、沈黙がとても心地いい。
「ありがとう。ずっと一緒にいよう」
 いつものように、彼女の髪をなでる。
 頭皮がぞろりと剥けて、髪の束が手にはりつく。
 彼女は、腐り始めていた。

 私は慌てた。
 巨大な棺桶のような冷蔵庫を注文した。配達に来た無愛想な世話役がおかしな顔をしても気にならなかった。
 冷蔵庫の中にはクッションを敷き、冷えた寝台をこしらえた。あとは彼女を入れるだけだ。
 森の中に彼女を迎えに走った。夜の闇の中、彼女の白い身体は薄く光っているように見えた。
 私は彼女を抱き上げる。けれど、手の中に彼女の身体がおさまったのは一瞬だけだった。
 ぬるり、液化した肉が指をすりぬけ、したたり落ちる。
 彼女がこぼれおちていく。
「あ」
 反射的な嫌悪感。
 彼女の首ががくりと垂れた。目から口から鼻から、どぶ色の水があふれるように流れ落ちた。
 黒い見たこともない虫が彼女の耳からすべるように逃げた。
 ぐったりともたれた彼女の顔はとても悲しげに目に映った。こぼれる肉汁が涙のようだった。
「ごめん、ごめんよ」
 慌てて下に降ろしても、彼女の表情は変わらない。
「そうだね、済まない。どんな姿でも君は美しい」
 黄色に濁った目が私を見ていた。
「ああ、悪かった。間違えているのは、私のほうだ」
 迷うことはなかった。
 右の眼窩に、指を差し入れる。
 逃げようとする眼球を親指と人差し指で掴みとり、一気に引き抜いた。
 ぶちぶちと神経と血管が切れる感触がした。脳髄に圧迫されるような感覚だけが残る。
 熱を帯びた痛みと、瞼の下から流れ出る熱い生臭い液体。
 彼女とおそろいだ。
 左目に指を突き込む瞬間、彼女が笑顔に変わったように見えた。
 その美しい姿は、変質することなく私のなかに残った。

 彼女の腐敗臭がひどくなり、鼻の中を焼いた。
 彼女の肌がぬるぬるしてきたので、指の皮を削いだ。
 蝿の音がひどくなったので鼓膜を破った。
 暗闇。無音。無臭。無感触。舌を切り取り、私は五感のない世界に満足した。傷の痛みも感じない。
 彼女だけが光だ。

 私は地獄に落ちるだろう。
 私の最期の奇異な行動を、誰もが訝り、笑うだろう。
 異常だ。愚かなことをしているのは自分でも分かっている。ただ穏やかな日々だけを望んでいたはずだったのに。
 ああ、けれど甘美なこの感情。
 この気持ちが嘘ならば、世界に本当の事などひとつもない。

 私は彼女にくちづける。蠢くような感触は蛆だろうか。
 今度は唇も潰さなければならない。
 瞼の裏の深い森の中、彼女は蝶のように瞬き「わたしもあいしてるわ」と囁いた。気がした。
[ 創作短文 / 2006.08.08 ]





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