やちおさんハイブリッド!

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  • 有賀 冬
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或る管理人の記録

  • ギャー!大変更新しておりませんでした!
    調子が戻り始めたので、またチョコチョコ更新再開いたします。


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[ おやつの時間 ]

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前回
 腹が空きました。
「ほら、飯だぞ」
 空腹なのです。

 この男は私を「ガキ」と呼びます。子供のことではありません。餓えた鬼と書く、化け物の名前です。餓鬼。
 皮のはりついた棒のような、奇妙に長い腕。あちこちにシミの浮いた肌。背は低く、ぶくりと膨れた腹に沿ってひどく曲がっています。
 そして、名前の通りいつも餓えています。

 男は私に食事を与えます。

 肉。
 白米。
 トマト。
 きゅうり。
 弁当の容器。
 ペットボトル。
 道端で死んだ猫。
 ティッシュの空箱。
 邪魔になった古新聞。
 空になったスプレー缶。
 発泡スチロールのトレイ。
 破壊したテープレコーダー。
 自動販売機の現金以外の部分。
 残りの少し入ったビールの空缶。
 読み古してぼろぼろになった雑誌。
 マヨネーズにまみれたブロッコリー。
 家の前に駐車された邪魔極まりない車。
 世話を怠り枯らしたフリージアの鉢植え。
 自転車に巻き込みやむをえず紐を切った鞄。
 醤油をこぼして目茶苦茶に汚れたカーペット。
 手に入らない女の人間。気に入らない男の人間。

 私は食べます。好き嫌いなく、どんなものでも。
 男の与える物は私の飢えを満たします。他の人間ではいけません。
 男は食事中の私を見ます。目を細めて私を見ます。その視線が私を満たします。
「うまいか」
 男が言います。
 私は男に触りたくなります。
 手を伸ばすと、男は怯えたようにあとずさります。
「やめろよ」
 嫌ですか、私の腕が触れるのは?
 空腹に似た気持ちが、腹とは別の場所からこみ上げてきます。
 胸のあたりがぶくりと醜く膨れます。

 食いたい。
[ 創作短文 / 2006.09.21 / Co4 ]





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[ 神様への手紙/人魚姫のナイフ ]

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 「好きな人」のはじめては、おなじクラスのタカサキ君。サッカー部のエースで、あこがれてる女の子はたくさんいた。
 小学二年生、春のころ。
 わたしは人を好きになったことがはずかしくて、だれにも言えなかった。遠くからタカサキくんを見ては、モソモソと妄想にふける、不健全な小学生時代。

「スキな人、いるでしょ?」
 だから、おさななじみの朝姉ちゃんに言われたときには死ぬほどおどろいた。
 朝姉ちゃんは近所にすんでるひとつ年上の女の子。きびしい取り調べに、わたしはすべてを自白した。
 聞きおわると、朝姉ちゃんは重々しくたずねた。
「告白しないの?」
「むり、できない。うまくいくわけないし、怖い……」
「どうして?」
「だって、タカサキくんと、ほとんどしゃべったことないし。きっと、わたしのなまえも知らないんだよ」
「だから告白するんじゃない!」
 朝姉ちゃんは怒ったように言った。
「うまくいかなくてもいいじゃん。スキなのに、そのタカなんとかくんがあんたの気持ちを全然知らないなんてくやしくないの? せめて名前くらいおぼえてもらうべきじゃない?」
「で、でも告白なんて、どうやったらいいかわかんないし」
「よび出して、スキだって言えばいいじゃん」
「ぜったいむりだよ!」
「手紙でもいいじゃん。やるまえからムリっていうの、よくないよ!」
 むちゃくちゃいわれて、わたしはキレた。
「わたしは見てるだけでいいの! 朝姉ちゃんは好きな人、いないんでしょ? そんな人にわたしの気持ち、わかんないよ!」
「いるもん!」
 むねをはって、朝姉ちゃんは堂々と逆ギレた。
「私にだって、好きな人くらいいる! だから、私も手紙書く。あんたも書きなさい。いいわね!」

 押し切られるように書いたラブレターは、タカサキくんの机のなかにいれた。少女マンガの主人公になったみたいで、どきどきした。
 結果は「ごめん。オレ、好きなコがいるんだ」で玉砕。
 落ち込んだけどスッキリしたのも確かで、朝姉ちゃんとはすぐに仲直りをした。
「朝姉ちゃんはどうだった? だれに告白したの?」
「ないしょ」
 答えた横顔がさみしそうだったから、朝姉ちゃんもうまくいかなかったんだろうなって思った。


 「つきあった人」のはじめては、一年上のセンパイ。好きになったポイントは、メガネと長い指。読書家で、頭がいいところもかっこよかった。
 高校二年の時、告白してOKをもらった。初めてのキス、初めてのエッチ。浮かれたわたしはちくいち全部、朝姉ちゃんに報告してた。

「へいへい、お熱いことで」
 あきれながらも、朝姉ちゃんはわたしののろけ話をいつも聞いてくれた。
「ひとり身にはこたえる話よねぇ」
「朝姉ちゃんもカレシつくればいいのに」
「私はあんたみたいにモテないからさ」
「うそ!」
 朝姉ちゃんはわたしなんかよりずっときれいだ。すらっとした美人で、面倒見もよくて、明るくて頭もいい。
「わたしが男なら、ぜったいぜったい朝姉ちゃんみたいな人彼女にするのに!」
「そう、ありがと」
 朝姉ちゃんは、自分の話にはそっけない。
「ねえ朝姉ちゃん、好きな人いないの?」
「モーガン・フリーマン」
「おじさん趣味?」
「ちがいます、性格! おちついた大人の人がいいの」
「ふーん、モーガン・フリーマンみたいな人なのか。年上? 写真ある? わたしにだけ、こっそり教えて?」
「ダメ」
「えー」
「私のことより、自分の恋愛の心配してなさい。あんた、意外に飽きっぽいんだから」

 センパイは受験が忙しく、だんだん連絡が減っていった。わたしもジャマかなと思うとメールもできなかった。
 そのままなんとなく、自然消滅。


 「失恋した人」のはじめては、同じサークルの日高さん。
 おいかけておいかけて、部屋にあがりこんで、やっとのことで手にいれた。そう思ってた。
 有頂天だった。毎日食事をつくりにいって、彼のご機嫌をうかがって、尽くして尽くして尽くしまくった。甘い言葉はひとつもなかった。気まぐれに与えられるカラダだけの関係に酔った。
 ある日ふいに「うぜぇから来んな」って言われて、おしまい。
 二股かけられてたって、あとから同じサークルの友達に聞いた。遅いよ。

「ばっかだねぇ」
 めちゃめちゃに泣いてたら、家に朝姉ちゃんが来た。
「ナンパな奴だって、最初からわかってたんでしょ? のめりこんじゃって、ばかばかしい」
「お説教しに来たなら帰ってよぅ……」
「いやです、帰りません」
 部屋の真ん中に、抱えて来た買い物袋をどっかり置く。白いビニールの口からのぞく、焼酎、日本酒、ビールに缶チューハイ……
「飲みなよ。そんで忘れちゃえ」
 ごろごろ出てくるお酒、お酒、お酒。
 知的美人の朝姉ちゃんが、こんなに大量のアルコールを抱えてきたのかと思うとおかしくなった。
 笑ったはずなのに、涙が落ちた。止まんない。
 朝姉ちゃんがビールをあけて渡してくれた。乾いた喉に炭酸が痛い。でもそれがきもちよくて、一気に飲みほした。
 三本あけるころには、もうへべれけ。アルコールが足の先までまわって、ソファにぐったり横になった。
「少しは楽になった?」
 次のビールを差し出しながら、朝姉ちゃんが言う。
「うん。でももう二度と恋愛はできない気がするよ」
「何言ってんの、まだまだこれからでしょ? 私なんかずっと片思いだよ」
「例のモーガン・フリーマンみたいな人?」
「そう、モーガン・フリーマンみたいな人」
「その人、朝姉ちゃんのこと知ってるの?」
「気持ちには気づいてないね。親友のポジション。恋愛相談されたりするんだ」
「ひどーい! にぶいにもほどがあるよ!」
 わたしが怒ると、朝姉ちゃんはだまって笑った。
「そんな男忘れて、別なひととつきあっちゃえばいいのに」
「そう思った時もあったけど、やっぱり好きなんだよね」
 とろとろと酔った朝姉ちゃんは、目もとがほんのり紅色にそまって、とても色っぽかった。こんなにキレイな人に気がつかないなんて、その男は馬鹿だ。わたしは一気にモーガン・フリーマンがきらいになった。
「見る目ない人なんかほっぽっちゃったほうがいいよ。かなえる気もない片思いは時間のむだだとおもう」
 朝姉ちゃんは、カップ酒をあおりながら、自嘲。
「いいんだよ、ムダでもつらくても、私は。そばにいられれば、それで満足」
「そんな」
「あんただってそうでしょ。女って、基本的に人魚姫の傾向があるのよ。突っ走り型の自虐系恋愛」
 わたしは言葉につまった。
 王子に会うためだけに声を失い、歩くたびに激痛のはしる足を手にいれた人魚姫。わたしも日高さんに夢中になってた瞬間は、たしかに損得なんか考えてなかった。
 朝姉ちゃんは苦笑した。
「ま、私は関係を壊したくないから言えないだけだけどさ」
「人魚姫だってそうじゃないの? 大好きな王子様に妹扱いされて、好きだって言えないうちに、別の女にのりかえられて」
「言えないんでしょ、声がないんだから」
「しゃべらなくったって気持ちはつたえられるはずだよ」
「あんたは甘い。言葉にしないと、絶対つたわらない」
 朝姉ちゃんがスルメをくわえたまま噛みしめるように言う。どれだけ鈍いんだろう、モーガン・フリーマン。
「よっぽど好きなんだね、その人のこと」
「時々殺したくなるほど好き」
 わたしは、どうだろう。日高くんのこと、そこまで好きだったろうか。
 お酒のせいか、自分の気持ちがわからない。あいまいな気分のまま、わたしは新しいビールを開ける。
 ソファの上でねがえりをうった朝姉ちゃんが、わたしの顔をのぞきこんだ。
「あんたが人魚姫で、王子を殺せってナイフ渡されたらどうする? 殺す?」
 わたしはしばらく考えて、首を横にふった。
「わたしは、やっぱり泡になるとおもう」
「王子が別の女と結婚しても?」
「大好きな人を殺して、ひとりで生きててもしょうがないもの」
「生きられると思う?」
「え?」
 朝ちゃんは、イタズラっぽくわらった。
「人魚姫が王子様を殺しても、海の世界を裏切った罪は消えないでしょう。だから、オマエが死ぬ前に王子を殺せ、オトシマエをつけろ、と。お姉さん人魚はそういう理由でナイフを渡したわけなのですよ」
「人魚って、ヤクザな世界なんだねぇ」
「そうだよ、タマとったるぞー!」
 朝ちゃんがあたしの首に腕をからめてくる。あたしはグエ、と女の子らしからぬ悲鳴をあげてギブアップ。
「ちょっと、あんたたち夜遅くまで何やってるの」
 おかあさんがドアをあけて、呆れたように言った。
「全く、いつまでも子供なんだから」
 次の日は、頭がガンガンして何も考えられなかった。

 日高さんからは、しばらくたって一度だけ電話がきた。わたしがとる前に切れた。
 それっきり、どうなったのか知らない。


 二十八の時。
「もう二度と恋愛できないって言ってたのに」
 ふたりきりの控え室で、朝姉ちゃんがぼやく。
「ごめん」
「ふられたとき、さんざんなぐさめてあげたのに」
「へへ、ごめん」
 うれしさがとまらない。鏡の前で、くるりと一回転。真っ白なふわふわのウェディングドレスがゆれる。
 あと一時間で、わたしの結婚式がはじまる。
 にやにやしたわたしに、あきれたように朝姉ちゃんが言った。
「初恋の相手と結婚なんて、ほんとに少女マンガみたい」

 わたしの「結婚する人」は、小学校ではじめて好きになったタカサキくん。
 同窓会で再会した彼は、小学校の面影もないくらいぽちゃりと太ってた。がっかりしてた女友達もいたけど、わたしは話やすくて、すごく安心した。
 メアドを交換して、二人で会うようになって、三年目で結婚が決まった。
 彼からのプロポーズは、手紙だった。

「小学生のときラブレターがすごくうれしかったって、タカサキくんに何回も言われた。ぜんぶ、朝姉ちゃんのおかげだよ」
 朝姉ちゃんは淡いブルーのワンピース。長い黒髪がよく映える。ウェディングドレスのわたしより、ずっときれいだった。モトが違うから、しょうがないか。
「ほんとにありがとね。ブーケも朝姉ちゃんに投げるから、ちゃんと取ってよ」
「そんなことしなくていいから」
「朝姉ちゃんもがんばって。ちゃんと告白しなよ、モーガン・フリーマンに」
「無理だって」
「だって、朝姉ちゃんには幸せになってほしいんだもん!」
 そう言うと、朝姉ちゃんは困った顔をした。

「私、あんたに嘘ついてた」
「え?」
「二十年前のラブレター、一緒に書いたやつ。あれ、私は渡せなかった。ごめん」
 突然の言葉に、わたしは戸惑う。
「べつに、あやまるようなことじゃないよ。それに、あの時のことがあったから、今結婚するのかもしれないし。感謝してるよ」
「モーガン・フリーマンの話も嘘だよ。そんな人、好きじゃない」
 わたしはぽかん、と口をあけた。
「そうなの? べつに、嘘なんかつかなくってもいいのに。なんであやまるの?」
 朝姉ちゃんは静かに言葉を重ねる。
「だけどね、好きな人はいる。片思いなんだ。それだけは本当」
 朝姉ちゃんがわたしのおとがいに指をかけた。
 間近にある朝姉ちゃんの顔。真珠色の肌、切れ長の目。おそろしいほどきれいだった。
 息を呑んだわたしの口に、朝姉ちゃんのそれが重なった。焼き切れそうなほど熱く、わたしは思わず目をとじる。
 ほんのわずか、触れるだけのキス。
 グロスを塗ったと唇と唇がはりつき、離れる瞬間を遅らせる。刹那でも永く、別れを惜しむかのように。
 あごから指が離れると同時に、私はすとんと床に座り込んだ。何が起きたのか、理解できなかった。
 真っ白になった頭のなかに、唇の濡れた感触とその意味だけが残っていた。

 苦笑といっしょに、朝姉ちゃんはわたしの手に四角いものを落とす。
「ごめん。読んだら捨てていいよ。読まないで捨ててもいい」
 手紙だった。
 ピンクのチェックの柄、封筒の裏をとめた花のシール。
 おぼえてる。わすれられない。はじめて書いたラブレターのレターセット。朝姉ちゃんとはんぶんこした、大切な思い出の。
 封筒の端はこすれて白く、角が丸い。
 わたしは言葉を失う。封筒から目がはなせない。
 宛て先に書かれているのはわたしの名前だった。朝姉ちゃんの幼い丸い字。強い筆跡に、決意の重さが見えた。
 ぼんやりしたわたしの耳に、遠ざかっていくヒールの足音がした。ドアが開いて、閉まる音。
「ばいばい」

 朝姉ちゃんがいってしまう。
 止めなければ、と思った。
 ドアにとびついて開けて、朝姉ちゃんを呼び止めて、そして。
 そして、なんて言えばいい?
 気づかなくてごめんなさい?
 傷つけてごめんなさい?
 気持ちに応えられなくてごめんなさい?
 この手紙の、二十年ぶんの想いを押さえつけて、まだ友達でいてね、って?

 喪失感がナイフよりも強く胸を刺した。
 おさななじみ。友達。親友。憧れの人。言葉にならないほど大切な人。なのにわたしは彼女を選ぶことができない。
 ごめんなさい。わたしもあなたがほんとうに大好きでした。
 だからさよなら。わたしの人魚姫。
[ 創作短文 / 2006.09.14 / Co2 ]






[ バスルームのサロメ ]

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「もっと優しくしてくれよ」
 彼が言う。
「あ、そこじゃないって。もっと上手くできないのか? このままじゃ明日になっても終わらないよ……全く、お前は何をやらせても駄目だな」
「うるさい!」
 私は叫んで、糸ノコを床に叩きつけた。タイルの上で金属音が弾けた。
 彼は切れかけた首をかたむけたまま、うなだれたように言った。
「ごめん」

 彼は腹に包丁を刺したままバスタブの中に沈んでいる。
 水はうすいピンク。毒々しさはない。血はほとんど居間で流れ果ててしまったのだと思う。
 浴槽のふちにもたせかけた彼の頭。
 喉には深い深い傷。
 私がつけたのだ。のこぎりで切ってばらばらにして、彼を捨てるために。

「いい加減にして。こんな時までお説教なんて聞きたくない!」
「悪かったよ」
 しおらしげに謝る。いつもそうだ。口が悪いくせに簡単に謝る。私を怒らせることばかり言って反省はしない。
「ごめんな、俺のせいで。お前には嫌な思いさせてばっかりだったよな」
「いまさら謝られても困るの」
「すまない」
「だからやめて」
 彼はもう死体だ。
 私は唇を噛む。本当なら、謝るのは私のほうだ。殺してしまってごめんなさい。痛いことをしてしまってごめんなさい。これからあなたをゴミのように捨てます、ごめんなさい。
 けれど、彼の瞳がそれを許さない。先回りして、彼のほうから謝ってくる。媚びるような視線が、逆に私を責めているようで辛かった。
「俺、ずっと不安だったんだ。一緒にいても、いつもお前は楽しくなさそうだったから。あんまりしゃべってくれないし」
 それは、と言いかけて口をつぐむ。どうせ何を言ったって言い訳にしかならない。
 ぽつ、ぽつと彼が語る。
「今ならわかる。そうやって黙ってるだけなんだよな。無口で仏頂面なだけだ」
 ごめんな、と彼はまた繰り返す。
「お前を信じられなくてごめん。お前が俺を殺すほど想っていてくれるなんて考えられなかった」
 涙があふれた。
 私は転がった糸ノコを拾うと、彼の傷口に当てた。滑るばかりで、うまく歯が進まない。ぎし、ぎし、骨ばかりがきしむ。
 何をしてるんだろう、私。
 情けなくて、馬鹿馬鹿しくて泣けてきた。彼は悲しそうな目で私を見た。
「もっと早くに、言えば良かったな」
「私も、ごめん」
 遅すぎる言葉が口をつく。
 気持ちがあふれて目からぽろり、ぽろり、落ちる。
「私、好きだった。大好きだったよ。つきあえて、うれしかった。ケンカしてても楽しかった。なのに、急に別れ話なんかするから」
「ごめんな」
「好きだよ。殺したくなかった……!」

 何を泣いてるんだろう、私。
 謝っても許されるはずないのに。なにもかも、今更だ。
 彼が私に何かを言ってる。しゃべれるはずのない死体がしゃべっている。幻覚なの、きっと。
 全部、私のなかのみっともない妄想。分かってる。分かってるのよ。
 だけど、私を見る彼の目はどこまでも透明で、私の甘えをずるずると引き出していく。 

 私は笑って涙をぬぐった。
「泣いちゃった」
「鼻水出てる」
「へへ」
 彼は優しく私を見ている。好きの気持ちがいっぱいにつまった視線。
 嬉しくて、自然に笑顔になる。
「なあ、ばらばらにしたら、俺をどこに捨てるんだ?」
「考えてなかったな。どこがいい? 海?」 
「海か。今年は行けなかったなあ」
「ケンカばっかりしてたから」
「でも、去年は行けたよな。合宿で」
 ああ、そうだ。思い出した。
「冬なのに海に行ったんだったね。寒かったね」
「お前、海に入ってたよな。裸足になって凍えながらさ」
「あはは、冷たかったよ」
 まだ、つきあう前の話だ。私も彼も、お互い片思いだと思ってた頃。
 こんな結末が来るなんて思いもしなかった。
「楽しかったなあ」
 彼も遠い目をする。
 バスルームに、私が糸ノコをふるう濡れた音だけが響く。
「行こうか、旅行」
 気がつくと、そんな言葉が出ていた。
「手も、足もばらばらにして、別々の海に捨てにいこう。身体の部品のぶんだけ旅行しようよ」
「そんなに金あんの?」
「つまらないこと気にしないで。いきたいところ、ある? どこでもいい、どこまでもいこうよ」
「そうか。南の島とか、いいな」
「うん」
「なあ」
「ん?」
「ありがとな」
 その言葉を聞いた瞬間、胸がいっぱいになった。
「あとちょっとだ。がんばれ」
「うん」
 ノコギリを浴槽でゆすいで、傷口に戻す。ばっくりと大きく口をあけた断面に細い刃を当て、力をこめて引く。
「骨を切るから時間かかるんだよ。医者はメス一本で全身を解体できるっていうぞ」
「へえ」
「ま、お前には無理か。不器用だもんな」
「またそうやっていじわる言う」
 彼が、目だけで笑った。

 ぶつん。

 最後の皮が捻るように切れて、彼の首が落ちた。
 重い音を立ててタイルの上を滑るように転がり、壁に当たって止まる。
「ごめん、大丈夫?」
 彼は喋らない。
「ねえ、大丈夫?」
 支えを失った彼の身体が、浴槽の中に引きずられるように沈む。
 彼は喋らない。むせかえるほどの水と血と死の臭いにいまさら気づく。
「大丈夫なの?」
 彼は喋らない。沈黙ばかりがしたたり落ちる。
「なんとか言ってよ!」
 彼は喋らない。
 黄色の目。うつろに開いた口。はみ出した紫色の舌。色を失った顔。どろりと流れ出す体液。
 午後三時の白い光の中、私は動けない。

 あ、海のにおい。
[ 創作短文 / 2006.09.06 / Co0 ]






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