やちおさんハイブリッド!

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  • 有賀 冬
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或る管理人の記録

  • ギャー!大変更新しておりませんでした!
    調子が戻り始めたので、またチョコチョコ更新再開いたします。


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[ バスルームのサロメ ]

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「もっと優しくしてくれよ」
 彼が言う。
「あ、そこじゃないって。もっと上手くできないのか? このままじゃ明日になっても終わらないよ……全く、お前は何をやらせても駄目だな」
「うるさい!」
 私は叫んで、糸ノコを床に叩きつけた。タイルの上で金属音が弾けた。
 彼は切れかけた首をかたむけたまま、うなだれたように言った。
「ごめん」

 彼は腹に包丁を刺したままバスタブの中に沈んでいる。
 水はうすいピンク。毒々しさはない。血はほとんど居間で流れ果ててしまったのだと思う。
 浴槽のふちにもたせかけた彼の頭。
 喉には深い深い傷。
 私がつけたのだ。のこぎりで切ってばらばらにして、彼を捨てるために。

「いい加減にして。こんな時までお説教なんて聞きたくない!」
「悪かったよ」
 しおらしげに謝る。いつもそうだ。口が悪いくせに簡単に謝る。私を怒らせることばかり言って反省はしない。
「ごめんな、俺のせいで。お前には嫌な思いさせてばっかりだったよな」
「いまさら謝られても困るの」
「すまない」
「だからやめて」
 彼はもう死体だ。
 私は唇を噛む。本当なら、謝るのは私のほうだ。殺してしまってごめんなさい。痛いことをしてしまってごめんなさい。これからあなたをゴミのように捨てます、ごめんなさい。
 けれど、彼の瞳がそれを許さない。先回りして、彼のほうから謝ってくる。媚びるような視線が、逆に私を責めているようで辛かった。
「俺、ずっと不安だったんだ。一緒にいても、いつもお前は楽しくなさそうだったから。あんまりしゃべってくれないし」
 それは、と言いかけて口をつぐむ。どうせ何を言ったって言い訳にしかならない。
 ぽつ、ぽつと彼が語る。
「今ならわかる。そうやって黙ってるだけなんだよな。無口で仏頂面なだけだ」
 ごめんな、と彼はまた繰り返す。
「お前を信じられなくてごめん。お前が俺を殺すほど想っていてくれるなんて考えられなかった」
 涙があふれた。
 私は転がった糸ノコを拾うと、彼の傷口に当てた。滑るばかりで、うまく歯が進まない。ぎし、ぎし、骨ばかりがきしむ。
 何をしてるんだろう、私。
 情けなくて、馬鹿馬鹿しくて泣けてきた。彼は悲しそうな目で私を見た。
「もっと早くに、言えば良かったな」
「私も、ごめん」
 遅すぎる言葉が口をつく。
 気持ちがあふれて目からぽろり、ぽろり、落ちる。
「私、好きだった。大好きだったよ。つきあえて、うれしかった。ケンカしてても楽しかった。なのに、急に別れ話なんかするから」
「ごめんな」
「好きだよ。殺したくなかった……!」

 何を泣いてるんだろう、私。
 謝っても許されるはずないのに。なにもかも、今更だ。
 彼が私に何かを言ってる。しゃべれるはずのない死体がしゃべっている。幻覚なの、きっと。
 全部、私のなかのみっともない妄想。分かってる。分かってるのよ。
 だけど、私を見る彼の目はどこまでも透明で、私の甘えをずるずると引き出していく。 

 私は笑って涙をぬぐった。
「泣いちゃった」
「鼻水出てる」
「へへ」
 彼は優しく私を見ている。好きの気持ちがいっぱいにつまった視線。
 嬉しくて、自然に笑顔になる。
「なあ、ばらばらにしたら、俺をどこに捨てるんだ?」
「考えてなかったな。どこがいい? 海?」 
「海か。今年は行けなかったなあ」
「ケンカばっかりしてたから」
「でも、去年は行けたよな。合宿で」
 ああ、そうだ。思い出した。
「冬なのに海に行ったんだったね。寒かったね」
「お前、海に入ってたよな。裸足になって凍えながらさ」
「あはは、冷たかったよ」
 まだ、つきあう前の話だ。私も彼も、お互い片思いだと思ってた頃。
 こんな結末が来るなんて思いもしなかった。
「楽しかったなあ」
 彼も遠い目をする。
 バスルームに、私が糸ノコをふるう濡れた音だけが響く。
「行こうか、旅行」
 気がつくと、そんな言葉が出ていた。
「手も、足もばらばらにして、別々の海に捨てにいこう。身体の部品のぶんだけ旅行しようよ」
「そんなに金あんの?」
「つまらないこと気にしないで。いきたいところ、ある? どこでもいい、どこまでもいこうよ」
「そうか。南の島とか、いいな」
「うん」
「なあ」
「ん?」
「ありがとな」
 その言葉を聞いた瞬間、胸がいっぱいになった。
「あとちょっとだ。がんばれ」
「うん」
 ノコギリを浴槽でゆすいで、傷口に戻す。ばっくりと大きく口をあけた断面に細い刃を当て、力をこめて引く。
「骨を切るから時間かかるんだよ。医者はメス一本で全身を解体できるっていうぞ」
「へえ」
「ま、お前には無理か。不器用だもんな」
「またそうやっていじわる言う」
 彼が、目だけで笑った。

 ぶつん。

 最後の皮が捻るように切れて、彼の首が落ちた。
 重い音を立ててタイルの上を滑るように転がり、壁に当たって止まる。
「ごめん、大丈夫?」
 彼は喋らない。
「ねえ、大丈夫?」
 支えを失った彼の身体が、浴槽の中に引きずられるように沈む。
 彼は喋らない。むせかえるほどの水と血と死の臭いにいまさら気づく。
「大丈夫なの?」
 彼は喋らない。沈黙ばかりがしたたり落ちる。
「なんとか言ってよ!」
 彼は喋らない。
 黄色の目。うつろに開いた口。はみ出した紫色の舌。色を失った顔。どろりと流れ出す体液。
 午後三時の白い光の中、私は動けない。

 あ、海のにおい。
[ 創作短文 / 2006.09.06 / Co0 ]





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