やちおさんハイブリッド!

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  • 有賀 冬
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或る管理人の記録

  • ギャー!大変更新しておりませんでした!
    調子が戻り始めたので、またチョコチョコ更新再開いたします。


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[ 神様への手紙/エンプティハート ]

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 今日、娘に「あたしのこと愛してる?」と尋ねられました。
 私は「もちろん愛してるわ」と答えました。
 娘は泣きながら家を出て行きました。もう戻ってはこないでしょう。
 だから、手紙を書きます。書き上げた瞬間に燃やします。
 この文章を見るのは貴方だけです。
 見ているのでしょう、私を?
 いつでも見守ってくださっているのでしょう? ねえ?


 私には感情がありません。
 私に起こりうる様々な出来事、たくさんの人々、あらゆることに関心がないのです。
 両親は笑いも泣きもしない私を奇妙に思ったのでしょうね。色々な病院へとつれていきました。カウンセリング、投薬治療、電気ショック。効果はひとつもありませんでした。
 毎日、私に青い顔をして話しかける両親を見て、これはきっと良くない事なのだと分かりました。

 だから私は、他人の真似をはじめました。

 映画を沢山見ました。嬉しいはずの場面では笑う。悲しいはずの場面では泣く。
 鏡を見て研究し、私はようやく人並みの表情を手に入れました。両親は喜んだようでした。
 時々浮かべる表情を間違えてしまう時もありましたが、幸い周囲の人間には個性ということで受け入れられていました。友情の真似事をしました。避ける人間もおりました。悲しい真似をしました。

 ある男性に告白され、私は恋に落ちた真似をしました。「ローマの休日」のアン王女のように。
 私たちは結婚し、娘を一人もうけました。最高に幸福な真似をしました。
 育児書や雑誌を読み、母や祖母に経験談を聞き込み、娘を育てました。はたから見れば熱心な母親に見えたでしょう、褒められる事が増えました。
 そんなある日、夫が事故で死にました。
 どうでもよかったのですが、呆然とする真似をしました。けれど気丈に振る舞い、娘を守って生きていく真似をすることにしました。「プレイス・イン・ザ・ハート」のエドナのように。
 淡々とした日々の繰り返しの末、娘は十八になりました。
 育てた通り、賢く頭の良い思いやり深い女性に育ったようです。
 高校も大学も奨学金を得て進学しました。
 娘を褒められると、私は殊更喜ぶ真似をしました。
 私の中の感情の沈黙に気がつく人間は一人もいませんでした。ただの、一人も。

 そして今日。
 仕事から戻ると、娘が修学旅行で使った大きなトランクに、荷物を詰め込んでいました。
「旅行に行くのですか?」
 声をかけると、娘は顔を上げました。いつもより顔の色が悪い気がしました。私は心配の真似をしました。
「何かありましたか?」
「お母さん、あたし家を出る」
 私は驚いた真似をしました。
 ぱたんぱたん。畳の上の扇風機が音を立てていました。私はその音を八回数えて口を開きます。
「急に、どうして」
「家にいたくないの。お金はバイトして貯めた。お母さんに迷惑はかけないよ」
「そんな……」
 私はうつむいて唇を噛み、小さな沈黙をつくりました。
「お母さんは、パパのこと愛してる?」
 唐突な質問で、私は一瞬どの表情を作ればいいのか迷いました。娘は畳みかけるように言いました。
「あたしの事愛してる?」

 いいえ、と答えれば良かったのでしょうか。
 そんな感情が私の中に芽生えたことは一度もありませんでした、と。
 夫が死んでも私の心は一切波立たなかった、と。
 貴女が生まれて悪いことなど一つもなかった。同時にいい事など一つもない、と。
 私にとって、夫も貴女も他人も私自身すら等しく価値のないものなの、と。
 それでは生活する上で不都合だから取り繕っているだけ。
 そう、正直に答えれば良かったというのですか?

 私はいつも通り、娘を愛する母親の真似をしました。
 他のやり方を知りませんでした。
 唇には微笑。目は愛情深く潤み、鼻は泣きそうな瞳にあわせて少し開き気味。手は緊張したように服の胸元を握り締めて、小刻みに震わせました。
「もちろんよ。愛してる。愛してるわ」
 渾身の演技だったと思います。
 娘は顔をゆがめました。今まで、一度も見たことのない表情でした。
「お母さんがそう答えるのは分かってた。だけど答えの分かってる答えはいらない」
 戸惑いの表情をつくり、私は自分の肩を抱きました。
「どう言って欲しいの?」
「わかんない。なんか、お芝居見てるみたいな気分」
 娘は私を見上げました。無表情。
「あたしもお母さん大好き。だけどごめん、もう一緒に暮らせない。お母さん、ロボットみたいだ」


 この手紙は書き上げた瞬間に燃やします。
 家具に燃え移ってしまうかもしれませんが、どうでもいいことです。

 私には感情がありません。あらゆることに関心がありません。降りかかるであろう死にも怯えることができません。
 だから、初めて芽生えたこの感覚をなんと呼ぶのか分かりません。
 空白の中の空白。空虚の奥の空虚。
 ぽっかり穴があいたよう、というのはこの気分を指すのでしょうか。
 いつも見守って下さっている貴方、これが愛というものですか?
 それとも嘘をつきつづけた罰? 騙した貴方からの復讐?
 私は泣きます。
 声を立て、喉を引きつらせ、自分のやり方で、初めての産声を!
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[ 創作短文 / 2006.07.24 ]






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