やちおさんハイブリッド!

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  • 有賀 冬
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或る管理人の記録

  • ギャー!大変更新しておりませんでした!
    調子が戻り始めたので、またチョコチョコ更新再開いたします。


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[ 祈りの庭 《前編》 ]

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 今日、世界で最後の人間が死んだ。
 天国に行ったのだ。


 死体となった彼を見つけたのは私だった。
 いつものようにドアを開け、水差しをテーブルの上に置いて声をかける。
「博士、起きてください」

 死んでいた。

 枕元に転がった睡眠薬の瓶は、すっかり空になっている。薄く開いたままの瞳孔は動くことがなく、唇は弛緩し、ぽっかりと開いた口から軽い腐臭がした。
 涙は出なかった。私にはそんな機能がついていないから。
 さて、どうしよう。
 はじめに考えたのは、博士の事より自分自身の事だった。
 私の自己修復機能はすっかりさびついていて、博士がいない今、どこかが壊れたらそのまま動かぬ人形となる運命だ。
 博士を欺いた罰だ。
 胸のポケットに手を当てようと腕をあげると、磨り減った関節球がキィと耳障りな音を立てた。


 最後に修復してもらったのは二日前のことだった。
「いつもありがとう」
「何ですか、突然」
 私の左足を分解しながら、博士は静かな声で言った。
「突然じゃないよ。いつもいつも思ってるんだ。君がいなければ僕はこんなふうに生きてはいないだろうな、と」
 私は椅子に腰掛け、博士は私の足元で作業をしていた。
 いつもは見えない博士のつむじ。
 それを見下ろしながら私はいつも通りの口調で言った。
「そうでしょうとも。博士は縦の物を横にしようともなさらないもの。少しはご自分で片付けたらどうですか」
「やろうとは思っているんだよ」
「思っているだけで現実が動くのなら、私も苦労しないのですけれど」
 私がため息をつく真似をしても、博士は苦笑して修理を続ける。
 博士が下を向いているので、私がじいっと見入っていたとしても気づかれる恐れはない。
 白くて長い指がするりと動くだけで、部品のひとつひとつが新品のようにぴかぴかになっていく。
 魔法のようだと思った。
 そう感じるくらいの機能は、私にだってある。
「ここには、私と博士しかいないのですから。私を修理してくださるのは博士しかいないのですから」
 そんな言葉が、珍しく言えた。
「私にもありがとうと言わせてください」

 あのとき、博士はすでに死を決意していたのだろうか。
 分からない。何度リピートをかけても、流れるのはいつも通りの日々だけだ。
 私の記録は磨耗しない。
 映像はここにある現実と遜色がないのに、瞼を開けて見えるのは博士の死体ばかりだ。もう動くことはない。

 そうだ、と思った。
 動かないならば、動かせばいい。
 私が博士を修理してあげればいいのだ。いつも博士が私にしてくれるように!


 とりあえず博士の部屋に非常用のカプセルを運び込んだ。博士の遺体をコールドスリープの状態にする。
 口内細胞からDNAを取り出し、食肉用の培養プラントで博士のクローンをつくることにした。
 そう遠くないうちに、きっと博士が元に戻る。
 博士は肉が嫌いだったから、このプラントが動くことはほとんどなかった。
 私がここに来たばかりの頃など、ろくろく料理さえしていなかった。

「きちんとした食事を召し上がってください!」
「別にこれだっていいじゃないか」
 ポロポロと固形の栄養食品を齧りながら博士は言った。
「すぐ食べられるし、料理する手間も省けるし、第一食事ごときでプラントをいくつも動かすのは合理的じゃないよ」
「駄目です!」
 ぴしゃりと言うと、博士は困った顔をした。視線は何か助けを探すように天井をさまよう。
「僕は好きなんだけど……」
「栄養の吸収率が違うのです! 博士もいつまでも健康でいたければ、決められた時間にしっかりと食事をとるようにしてください!」

(そうだ。これは博士と会って三日目の記憶)

 蜘蛛の巣がはったプラントを掃除して稼動させるまで、六時間と四十五分もかかった。
 博士は動き回る私の隣にうろうろと来て、「手伝おうか?」と言った。私はもうムキになっていたから「結構です!!」と言い切った。
 でも配線が全然分からなくて、結局博士に手を貸してもらった。
 その間中、私はずっと不機嫌でそっぽを向いていた。
 できた材料で料理をして、博士がせっかく「おいしい!」と言ってくれたのに信用しようともしなかった。
 なんて贅沢な記憶だろう。


 博士は蘇らなかった。
 博士のDNAを持った肉の塊が生産されただけだった。


 私はもともと戦争のために作られた。
 一線で活躍する戦略的兵器ではなく、歩兵のひとつとして。
 元々その国は戦争などするつもりはさらさらなかった。式典のための行進、大きな飾りのついた長銃、剣舞。儀礼化された練習を繰り返すだけの軍隊。
 それは当然のように、死に物狂いの敵軍にあっさりと負けた。
 矜持の高い軍だった。
 負けた事実が把握できなかったのか、許せなかったのか、とにかく壊したかったのか、狂っていたのか。何かの手違いか。使ってはいけないはずの兵器が投入された。

 世界は滅びた。多分、きっと。

 気がつくと私は一人だった。
 体のあちこちがぎしぎしと音を立てていた。
 私を守った塹壕の壁は、指でつついただけでボロボロと砂となって崩れた。
 ぽっかりとあいた雲ひとつない空。
 私の他に動くものはなにもない。
 私は愚かにも、味方の軍勢などを探した。あるはずのないものはどこにもなかった。
 うろうろと二百五十ニ時間と十三分歩いたところで足の関節が壊れた。
 変質した素材は硝子の砕けるような音を立てて割れた。

 歩けなくなった。

 歩けなくなった途端、現状の認識さえおかしくなった。
 何のために歩いているのかが分からなくなった。
 どうしてここにいるのかが分からなくなった。
 私は何をすればいいのかが分からなくなった。
 そもそも、私が何なのかが分からなくなった。
 叫んだ。怖かったのだ。誰もいない焼け跡に取り残され、生き物の声ひとつしないその状況が。

 けれど、暴走する感情とは逆に、論理回路は冷静に計算を弾き出していた。
 こんなところにとどまっていても、どれだけ叫んだとしても、何一つ状況は変わらない。助かりたいのならば行動を起こさなければならない。
 何を? どうやって?
 どうせ、ここで壊れるのだと思った。
 壊れて、崩れて、この焼け野原の砂のひとつぶになるのだ。たったひとりきりで――

「やあ」

 だから、声をかけられた時はショートするかと思うほど驚いた。
 白衣を羽織った、ひょろりとしたのっぽな男だった。しゃがみこんでいたから、余計そう見えたのかもしれない。
 亜麻色の髪に太陽の光が透けて、やたらと背の高い電気スタンドみたいだった。
 あんぐりと口を開けている私に、その男はやたらと緊張感のない笑顔を向けた。
「一人なの? 僕は――ああ、僕は怪しいものじゃない。あそこに住んでるんだ。すぐそこの、ホラ、小山みたいに見えるだろ? あれがシェルターになってて。隔壁の構造は僕が発案したものなんだけど――」
 ペラペラと三十分強、男はいかにその隔壁が丈夫で安価で安全であるかを地面に図まで描いて私に説明した。私はぽかんと状況忘れ、それを聞き続けていた。

(今考えると苦笑が漏れる。きっと、博士は緊張していたのだろう)

 そのうち、私の足首が砕けているのに気づいた彼は「君、ロボットだったんだ!」と驚いた。
「あ、いや、ロボットだからってその、あの、えーと……」
「構いません、私、兵機ですから」
 私は、なるべく相手を緊張させないように笑った。
「どんなふうに言われるのも、扱われるのも馴れていますから」
 彼はひどく悲しい顔をした。まるで彼自身が傷つけられたように。
 そうして私に手を差し出した。
「行こう」
「え?」
「うちにおいで。君の治療をしよう」

 人間に背負われるのは初めての体験だった。
 私はひどく重いから、彼の腕がしびれて途中でぶるぶる震えてきた。なのに「降りましょうか?」と私がいくら言っても頑として首を縦に振らず、一時間近くかけて私をシェルターの中に運び込んだのだ。


 変なところで博士は頑固だった。
 私は凍った博士を収めたカプセルに触れる。ポケットが当たり、がちりと鈍い金属音を立てた。
 博士、ごめんなさい。謝ります。だから起きて下さい。
 思い出話をしませんか。早く目を覚まして下さい。

《続》
[ 創作短文 / 2006.08.18 / Co0 ]





 昔書いたやつ(ほぼまんま)再利用。
 後編に続きます。
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