やちおさんハイブリッド!

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  • 有賀 冬
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或る管理人の記録

  • ギャー!大変更新しておりませんでした!
    調子が戻り始めたので、またチョコチョコ更新再開いたします。


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[ 祈りの庭 《後編》 ]

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《前編》

「天国って何ですか?」
 ある時、私は博士に聞いた。

「難しい質問だね」
 博士は読んでいた本から顔を上げて言った。
 博士はどんな忙しいときでも何をしていても、私が話し掛けると真正面からきちんと目を見て答えを返してくれる。会話など聴覚と発声器官が動けば良いはずなのだけれど、私は博士のそういう姿勢が嫌いではなかった。
「難しいのですか」
「生きているうちは見ることができない世界だからね」
「博士も知らないのですか?」
「残念ながら」
 博士は笑って、そして本を出してきた。
 両手を広げたくらいの大きな画集。鮮やかな緑と青で構成されたたくさんの絵。草原と、細かく描きこまれた花々。柔らかそうなオレンジ色の雲の間に天使の姿。
「昔の地球ですか?」
「違う、これは天国の絵だよ。全ての望みが叶う場所だよ」
「博士が死亡した場合、この世界に行くのですか?」
「行けるといいね」
「私は行けるのですか?」
「もちろん!」
 刹那の逡巡もなく、博士は即答した。
「そこに行ったら何をする? 何でもできるよ!」
 こういう時の博士は、子供みたいな笑顔になる。本物の喜び。
 だから私は言った。
「私は、何も望むことはありません」
「なにも?」
 博士は困ったような顔。
「そうかぁ……それは少し、さみしいね」


 違うのです、博士。
 毎日食事をつくって、掃除をして、洗濯をして。
 たまに機械類を点検して、私の修理をして。
 そういう繰り返しの日常は不快ではありません。
 私に不足はありません。幸福なのです、とても。
 そう言えばよかった。


 博士の肉体をつくったところで意味がない。
 私が望んでいるのは博士自身が生き返ることだ。

 そう考え、博士の脳をトレースした。シナプスの情報をメインコンピューターに流し込み、既存の人工知能のデータと置き換える。

「博士」
『けけけけけけけけけけけけけけけ』
「博士」
『かかかかかかかかかかかかかかか』
「博士、私です」
『ひひひひひひひひひひひひひひひ』

 単音の電子音が重なり合う。コミニュケーション不可能。
 遅すぎた。脳は脆い組織だ。博士の遺体は私が発見した時ですら、死後数時間は経っていた。もうすっかり壊れてしまっている。スキャンそのものが不可能。
 初めて私は焦った。
「博士」
 博士の眠るカプセルに触れる。
「ねえ、博士。天国はどんなところですか」
 私の声は機械の駆動音に紛れ、冷たい部屋のなかに溶けて、消える。
 返答はない。
「答えて下さい、博士、博士!」


 博士に内緒でこっそり、誕生日のパーティーの支度をしたことがあった。
 奥の広間を「隔壁が壊れた」と嘘をついて閉め切り、博士が眠っている間に飾り付けをした。
 どきどきした。
 シェルターの中を探し回り、飾りになりそうなものを探した。
 シーツの端にフリルをつけてテーブルクロスをつくった。
 匂いが漏れないよう、完全密封した厨房でケーキを焼き、ただちに排気をした。
 クリームがつくれなかったのでアルコールで味をつけ、砂糖菓子に色をつけて乗せた。
 昼間は記憶に三重のプロテクトをかけてまで秘密裏にしたくせに、思考のどこかで早く見つかればいいのに、と思っていた。
 私は柄にもなく浮かれていた。
「博士、お誕生日おめでとうございます」

 博士は泣いたのだ。
 ぼろぼろと、声をあげて、子供のように。
 兵士だった私は、涙なんかたくさん見た。
 だから知っている。あれは喜びの涙ではない。
 あとで「ありがとう」といったけれど。笑ったけれど、嘘だ。

 私は目を開く。
 蓄積された記録から、現実に視線を戻す。
 博士は死んだ。死んだのだ。死んだ。
 もう二度と動かない。
「どうしてですか、博士」
 私は胸に手を当てる。
 ごつりと重い、ピストルの感触。
「どうして一人で行ってしまったのですか」
 ピストルは、博士のベッドルームを掃除している時に見つけた。見てはいけないような物の気がして、だけどそこに戻すこともできなくて、私は銃をポケットにこっそり隠した。博士は気がつかないはずもないのに、何も言わなかった。
「博士、どうして何もおっしゃってくださらなかったのですか」
 ピストルに弾丸は一つしか入っていない。自分で自分を殺すためだけの道具。失われた世界から取り残されたこの静かな部屋で、博士が願った安息の形。
「私を連れていかなかったのは何故ですか」
 ピストルは私が身につけているのが一番安全だと思った。これで博士がいなくなることはないと、不安項目を一つ削除した。
 私は、とても愚かな機械だ。

 博士の死。今ならその理由が分かる。
 この世界で最後にひとり残ってしまったこと。
 私のような壊れかけのロボットに出会ってしまったこと。
 博士は私とは違う。
 博士を得ることができた私とは違う。
 たくさんの失ったもの、それを忘れるように、思い出さないように、そうして生きてきたのに。
 私が壊れれば博士は私と出会う前よりも孤独になる。淡々とした日々の先にある、絶望と恐怖。

 博士は私を恨んで死んだはずだ。
 こんな小さなお守りすら持つことを許さなかった私を。
 博士の修理もできない役立たずな私を。
 博士が死んだのに涙のひとつぶさえ流せない私を。

 ――衝動、というのだと思う。
 テーブルの上に水差しがあった。
 引き寄せる。
 博士が死んだことも知らなかった私が、あの朝なんの疑問ももたず用意したもの。
 いつもの日常なんかもう何時間も前に破壊されていたのに、そんな事も知らなかった私の、馬鹿な私の名残。

 水差しを持ち上げる。歪んだ関節がエラーを返す。無視した。
 そのまま、眼球めがけて水をこぼす。
 視界が揺れた。
 あふれる水滴に、視覚センサーが焦点を設定しきれず、その任務を放棄した。歪む。
 瞬いた拍子にあふれたものが、こめかみを伝い落ちる。それが私の体温でほんのわずか温度を増していく。
 涙とは、これだけの事か。くだらない。つまらない。どれだけ水を流そうと、もう博士は生き返らない。
 水滴がどこかの隙間から滑り込んだ。
 頭脳の奥でばちり、弾ける音。焦げた匂いが直接鼻腔センサーに




めのまえがいっぱいの


ひかり




 博士。
 私は人間になりたかったのです。
 あなたと同じ人間になりたいのです。

 ずっと言えなかった。言いたかった。言えなかったんです。
 これが、願いと――










ブつん。










 ……強い土の匂いがした。
 湿った、生きた土の匂い。
 瞬きをくりかえすと、ぼんやりとしていた視界がクリアになっていく。
 指先に、痺れるような心地よい感覚。頭の中をかきまわして――そう、冷たい。この感覚は冷たいというのだ。
 目の前にある私の手。
 触れる。握る。柔らかい。
 手にも足にも人工皮膚のつなぎ目がない。爪を立てるとチリと痛みが走った。
 頬、腕、唇。触れる。

 身を起こすと、そこは大きな草原だった。なだらかな稜線の向こうは暖かな色の靄がかかっている。遥か遠くにきらきらと水面の反射が見えた。
 見上げると見たこともないほどの青の空。

 天国だ、あの絵と同じ。
 全ての願いが叶う場所。
 じわじわと喜びがこみあげてきた。立ち上がる。左足も動く。私の人間の体。
 私が人間になれた!
 自然に唇から言葉がこぼれた。
「博士」
 かさりと後ろで草を踏む音。
 私は振り返る。博士、私はずっとあなたを――

 そこには、一体のブリキの人形があった。

 四角い頭。
 羽織った白衣。袖口のコーヒーの染み。パイプをつないだ細く長い指。
 鉄の箱を組み合わせたような、オモチャみたいな姿。

(全ての望みが叶う場所だよ)

 無機質な博士の目。
 死ぬ前の自分と同じ。
「博士」
 触れる。冷たい。
「私も、博士と同じ事を願っていました」
 あなたとおなじものになりたいと。
 博士はぎい、と音を立てて小首をかしげると、口をパクパクと動かした。
 チカチカと、目の奥で赤と緑の電球が点滅する。

 弾けた。
 私は笑った。博士の稚拙なロボットの姿に。私は笑った。博士の反応が可愛らしくて。私は笑った。天国の、神様の皮肉に。私は笑った。涙がこぼれた。

 私は笑って――
 ピストルを取り出し、こめかみにあてた。
[ 創作短文 / 2006.08.22 / Co0 ]





 昔書いたやつ(ちょいちょい直し)完了ー。
 昔のやつを直すのってラクかと思いきやそうでもないなぁ。シーンのつなぎとか、不自然なエピソードを削るのとか、結構難しい。他人の書いたExcelの集計データ(ヘンなところに計算式や外部リンクが入ってるようなの)を直す気分だ。
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